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第35話 なんで、なんて、なんか

 公太が好きになる人って、どんな子だろう、なんて、公太と付き合っている俺が考えるのも変な話だけれど。  でも考えちゃうでしょ。  ――ずっと前から好きな子がいるっつってんじゃん。  ずっと前から、高校一年の頃から? 女子? その子には告白した? 告白して振られて、そんで今が、俺? それとも告白せずにそのままそれは停止状態で、今が、俺? もしそうなら、その停止している「片想い」はいつか停止解除になる? 進み始める? 進み始めるなら、その時って、俺は。  ――好きだよ。柚貴。  そう言ってくれてんじゃん。だから、そっちの停止状態が解除されることなんてきっとないよ。  ――好きだよ……。  その告白の後に続く名前が俺じゃなくて、別の。 「……ずき、ゆーずき」 「!」 「……寝てた?」  公太が覗き込んで、俺のすぐそこにいた。隣に座って、勉強してる最中だったっけ。 「……ぁ、寝てない」 「手、止まってる。今日はここまで終わらせるんだろ?」 「……ぁ、あぁ、うん」  今日は、英語だ。俺の苦手な英語。公太の得意な英語。ぁ、コミュクラスって、女子多くなかったっけ? 英語のクラス、たしか半分以上が女子だった気がする。じゃあ、そこ、なのかな。  でも、公太って、そういう噂を聞いたことが本当にないんだ。  仲の良い佐藤の噂はこんな俺でもチラチラ聞くけど、公太のは一つも聞いたことがなくて、少し不思議だった。よく一緒にいるのに、かたっぽだけは全くそういう噂が立たないってさ。  でも、ずっと片想いをしてたのなら噂なんて立ちようがない。  それに佐藤の言ったとおりなら、女子が混ざる時は一緒に遊ばないって感じだったし。噂を立てようにもその材料がない。そして、そんなに一途に一体誰のことを――。 「柚貴」 「!」  鼻をいきなり摘まれて、息がツンって止まった。 「ご、ごめっ」  目を見開くと、公太が心配そうに首を傾げて溜め息を一つ、零した。 「……どうかした?」 「……」  うん。どうかしたんだ。  ねぇ、片想いの相手って、誰? 佐藤が言ってた。ずっと片想いしてる人がいて、その人のことが好きだから、他の女子は全然NGなんだって。 「……な、んでもない」 「……少し、リフレッシュしよっか」 「え?」  そして、公太がチラリと時計を見た。今、昼ちょっと前。 「ちょっと、外、行かない?」 「え?」 「いつも部屋の中デートだけじゃ、つまらないでしょ?」 「……」  なんで、そんなこと言うんだよ。 「ちょっと待ってて、コンタクトだけやってくるから」  なんで? 俺とうちの中でイチャイチャしてるのつまらない? 俺と、キスとか、キス以上のこととかすんのって、あんま、だった?  ――そんでー、彼氏んち行ったら、いきなりだよ?  なんてタイミングで、そんなの思い出すんだよ。俺の、バカ。  いきなり、ぷかっと浮き上がってきた前に聞こえた女子たちの会話。彼氏がうちに来た瞬間、迫って来てウザかったっていう、話。 「……」  まるで、いつもの俺みたいかもって、気が付いた。勉強の合間に、キスして、エッチなことして、付き合いたてでそういう行為が初めてだからのめり込んで、相手の女子に「キモ」って思われちゃうような、そんな男子と同じだ。  だから、公太はイヤになったのかもしれない。 「お待たせ。そしたら、とりあえず、テーブルの上はこのままでちょっと外出よう」 「え? い、今?」 「そう、今」  なんでそんな焦ってる感じで外に出るの? 今、ここで俺がまたエッチなことでもしようとしてると思った? そんで、それを避けるため? やりたいばっか、って感じで、キモくて引いた、とか? ねぇ、公太。 「外、暑いかもだけど……とりあえず行こう」  何? なんで? どこ行くの? 「やっば、外、あっつ」  そんなに暑いなら、外、出なきゃいいじゃん。俺と二人っきりになるのがもうイヤならそういえばいいじゃん。  本当はずっと片想いしてる子がいるなら。 「……誰?」  思わず零れた言葉。 「え? 何? 柚貴?」  そして、思いがけず零れた涙。 「えっ? ちょ、なんでっ? 柚貴?」  なんで、なんて、こっちが訊きたい。 「柚貴っ?」  訊きたいことがたくさんあるのはこっちだよ。そんで、その訊きたいことが多すぎて、頭の中がぐちゃぐちゃで、ごちゃごちゃでわけわかんないよ。  何をどう訊けばいいのかすら、どう訊いたら、俺のダメージが少なめの答えをもらえるのか、わかんない。 「公太、ずっと片想いしてたのって誰?」 「え? なんで、それ」 「佐藤が言ってた」 「は?」  ダイレクトに訊いて、ダイレクトに誰々ちゃん、って言われたらダメージすごいのに。今の俺にはこんなふうに訊くのが精一杯で。 「俺と、すんのヤになった? 勉強ちゃんとしろよって、呆れてる?」 「……柚貴」  呆れてる、やりたいばっかでちょっと引いてる、キモ、って言われたらこの場で窒息できそうなくせに、なんでそのまま訊くんだ、バカ。 「俺のこと、なんで、好きなの?」  答えが、なんとなく、とかだったらどうすんだよ。バカ。 「……柚貴」 「っ……っ」  突き指どころか、骨折レベルの大怪我を胸んとこに食らったら、もう受験どころじゃないのに。 「ちょっと急ごう」  これ、けっこう切羽詰った話をしてるつもりだった。俺はかなり真剣に泣きながら公太に尋ねたのに、その公太が時計で時間を確認すると。俺の手を引いて、質問なんて完全スルーで歩き出した。 「なっ、公太!」 「いいからっ!」  よくない。ちっともよくない。よくなんてない。俺は真面目に今の公太の気持ちを聞きたいのに、なんで。 「公太っ!」  どこに――。 『イエエエエエエエイ!』  耳に飛び込んできたのは大きくて元気な声。それとジャカジャカ賑やかな洋楽にふわふわカラフルなボンボン。  そして、目に飛び込んできたのは、補助からのジャンプで華麗に宙返り。空へ、高く飛んでいっちゃいそうな女の子のシルエットだった。

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