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第36話 体操バカ
弾むような掛け声と元気な笑顔と、ふわふわってボンボンが躍るリズムに合わせて揺れて飛んで。
チアリーディングだ。
連れて来られたのは今日、公太の地元でやってるお祭りの中心地点。そこにあるステージで披露されてる地元の高校のチアリーディング演舞。
ユウタ君たちの演奏はこのステージで夕方から行われることになっている。
「わっ」
すごい、女子で二段のタワーを作って、その上に、まるで再生巻き戻しみたいに登って立ち上がった子が、今日のあっつい太陽以上に輝いた笑顔を見せたかと思ったら、そのまま、ふわりと飛んだ。下で待ち受ける女の子たちの腕をバネに回転、着地。サイドからの綺麗なバク転宙返りの連続技。
「すっご」
思わずそう呟いてた。
「ずっと、片想いしてた人がいるんだ」
チアリーディングの軽やかな掛け声と音楽とは裏腹に、落ち着いた低い公太の声がぷつりとそんなことを呟いた。
俺が知りたがってた、公太の片想いの人。
さっき自分から尋ねたくせに、いざとなれば心臓が縮み上がって身構えるくらいに、あんま聞きたくなくて。つい、息を呑んでしまう。
「一年の頃からずっと好きだった」
「……」
「学校ではけっこう物静かな感じの子」
公太のクラスにいた子? 一年の時の、だから……って、公太が一年の時にいたクラスの中に「けっこう物静かな女子」を記憶の中で探してる。
「でも、実はめちゃくちゃ体操が上手で、体操の教室では真剣な顔してたのがカッコよかった」
「……え?」
そんな子、いた? 公太のクラスに。
「あと、その体操の教室では笑ってた。その笑った顔がめちゃくちゃ可愛かった」
「……」
「これもある意味ギャップ萌えっていうのかな。一目惚れだった」
俺を見ながらそんなこと、言ったりしたら、さ。それじゃまるでその片想いをしていた子って。
「名前は桂柚貴」
「……」
「今、ラッキーなことに同じクラスで席が隣になれたんだ」
――酒井、ずっと前から好きな子がいるっつってんじゃん。だから絶対に女の子がいる時は一緒に来ねぇし。
「心の中で大絶叫だった。やったーって両手挙げて大喜びした」
「……」
「今は片想いじゃなくて、両想いになれて、毎日両手挙げて大喜び」
「なっ、なにっ、なんでっ」
佐藤が言ってた、公太の片想いの相手って。
「あと、イチャイチャは、めちゃくちゃしたいです」
「!」
「本当は我慢したかったんだけど、なけなしの理性総動員しても無理でした。ちゃんと勉強は……させたげないとといけないのかなと思いつつ、ずっと片想いしてた子からの誘惑には勝てませんでした。反省」
なに、これ。今、公太が答えてるのは、さっき俺がワーワーギャーギャー言いながら問いただしたこと。
「あと、柚貴のことをなんで好きなのかと言いますと……」
「っ」
「わかんないよ。ただ目が追いかけちゃうし、話しかけたいし、話せたら有頂天だし、付き合えたら、もう毎日デレデレで、妹弟たちには呆れられてる」
「っ……」
やば。泣きそうなくらいに嬉しい。
「これで質問には答えたから、次は俺ね」
「……」
「さっきの! ねぇ、佐藤って? なんで、あいつと会ったの?」
「ちが、駅で、今日ばったりと」
胸のとこがぎゅうぎゅうになんか詰まっちゃって、あまり言葉が上手に出てくれない。ほら、手の甲で口んとこを押さえると、自分の吐く息が熱くて熱くて、すごい困る。
「あいつ、けっこう柚貴のこと気になっててさ。普段からなんかちょっとよく見てる気がするし。これは気をつけないと、かも」
何言ってんの?
そんなわけないじゃん。あんなに可愛い彼女がいるのに。
「それと、チアリーディング、見て、どう?」
「……ぇ?」
「なんか、ムズムズしない?」
「……」
ジャンプ、側転、ポージングからの助走付きバク転、で、ポーズ。
「……」
あ、すごい。軸めっちゃ綺麗。バランス感覚すっご。空中で止まってるように見えるとか、渋川コーチが見たら拍手のレベルじゃん。俺はあそこまで綺麗に一本線を通せない。身体の中心に綺麗な一筋の線を。
わ、身体、綺麗に姿勢取れてる。
そして、そんな彼女たちを見てたら、指先がじわじわって何か熱くなった。暑さのせいじゃなくて、体操見てたら、なんかさ。
「柚貴、大会、出なよ」
「!」
「出たほうがいい。絶対に」
「け、けどっ」
「これを言うのはちょっとアレなんだけど。ね、一週間以上、器械体操できなくてどうだった? ここしばらく練習してないでしょ? 今、むずむずしない? 勉強してる時も、むずむずしたんじゃない?」
した。退屈な勉強に飽きてむずむずしてたんだと思ってた。身体がぎゅっと縮まるのを嫌がってシグナルを発して、どうにか動きたいって。
「それを、んー、まぁ、エッチなことで無理に消化しようとしてたんだよ」
「!」
「俺はそれに便乗してイチャイチャしたんだけど」
「なっ! 別に、俺、公太のこと、本当にっ」
ふわりと微笑んで頷いてくれた。わかってるって。
「本当に公太のこと、好きだから、そういうのしたいって」
「うん。けど、体操もやりたいでしょ?」
「……」
わからないよ。この指先が、突き指で動かさないようにって止められてる指先がどうしてこんなにぎゅって力を込めるのか。
「器械体操したいんだよ」
「け、けど、受験がっ! 別に体操で国体の選手になれるわけじゃないのに、ずっと続けてたってさ。それより勉強して、大学行って、そんで……」
「そんで?」
「普通は……」
「普通は?」
普通は大学行って就職するんだ。どんな仕事かわからないけれど、そうやって大人になる。器械体操してる大人はそれなりのレベルの人だけで、俺みたいに中途半端なレベルの人は体操を手放して、諦めてかないと。
「そんなのないよ。普通なんて。人それぞれの将来の進路に、普通なんて言葉はない」
「……」
「柚貴は気が付いてないかも」
「?」
「俺や、子どもたち、あとユウタたちにもさ、逆上がり教えてる柚貴、すっごい好きだよ」
楽しそうだったって。
真剣に、こうしたらどうだろう、こんなふうに言ったら伝わるかな。こうやってみたら感覚掴めるかな。そうやって一生懸命教えてくれたと公太が笑った。
それともう一つ、香織が、言ってたんだって。この前、公太とスポーツクラブの前で待ち合わせた時、練習を終えた香織が公太を見つけて、何か立ち話をしてたことがある。俺は何を二人が話してるんだろうと胸がざわついたけれど。
――しばらく練習してないから柚貴、ウズウズしてるんじゃない? あいつ、練習休んだことほとんどないんだよね。すごい、めちゃくちゃ出席率ダントツなの。私も相当頑張ってるんだけど、柚貴には勝てなくて。
「そんなに練習熱心な人が器械体操やめるの、もったいないよ」
皆辞めていった。受験で、学校の勉強で、もういいかなって、そんな理由で皆辞めていく。普通は受験とかがあるからって辞めるんだ。だから今回で俺も辞めようと思った。そのほうがきっといいでしょ? って。それでとりあえず大会は出てる場合じゃないかもとエントリーしなかったけど、まださ、体操そのものを辞める気持ちにはなれずにいた。
「受験なら、俺がいるじゃん」
「けどっ」
「勉強なら俺がついてる。だから、器械体操やりなよ」
躊躇う俺に公太が柔らかく、くすりと笑ってくれる。
「あともう一押し、くらい?」
笑って、首を傾げて、一つ深呼吸をして。
「ぶっちゃければ、もっと単純なんだ」
「……」
「柚貴の体操、もっと見てたい。体操やってる時の柚貴が大好きだから、柚貴は? 体操、好き?」
「……」
好きとかあまり考えてなかった。受験とか、たくさん、俺らの周りに転がっている言葉を気にして、体操そのもののことは考えてなくて、好きとか嫌いとか。でも――。
「柚貴」
「……」
「教えて?」
体操、が好きか、嫌いかって、考えたらさ。
考えたら、そんなの。
「……好き」
そう言葉に出して、今、初めて自覚した。
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