37 / 40

第37話 君に片想い

 レッスン、ほとんど休んだことなかった。軸をさ、中心にして宙返りをするのがどうしても上手くできなくて、すごく悔しかったのを覚えてる。どうしても回転が右側に偏るんだ。もっと左にって気をつけると足先がおろそかになったり、着地でフラついたり。だから何度も何度も練習して、軸を捉えられるようになる回数が少しずつ増えていくと楽しくて、自分の番になると小さく胸が躍った。  よし次こそはっ!  って、助走の足を一つ踏みしめるんだ。一つできると嬉しくて、次のステップに進めると、ゲームを一つクリアできた気分。  そんで、今の課題は綺麗に見える姿勢のキープ。 「…………好き」  たぶん、体操、きっと好きなんだと思う。 「うん」 「つ、続けていいのかな」 「いいじゃん」 「で、でも」 「柚貴をずっと見てた、ずっと片想いしてた俺は知ってる。柚貴は、体操、続けたいと思ってるよ」  まるで、君知らないの? って感じに言われた。  でも、あまり知らなかった。俺、器械体操好きだったんだって。 「やって見たらわかるよ。久しぶりにさ。あっ! でも」  な、何っ、急にびっくりした。 「でも、体操できないムラムラが解消されたら、もう、勉強会の時みたいなの、なし? それは、ちょっと、もったいないっていうか」  えー、だって、俺、むしろそれで呆れられてるかと思ったんだけど? 「……っぷ」 「いや、柚貴、笑い事じゃないし」 「それは大丈夫」 「ホント?」 「ホント。今だって、全然したいから」  すごくしたい感じ。公太が愛しくて仕方ないっていうかさ。 「じゃあ、これ見たら帰ろうか」 「は? だって、ユウタくんたちは?」 「まだ当分あとだからさ。夕方、また来ようよ」  今から? そう心の中で尋ねたら、まさかのチアガールの皆さんが掛け声で「イエス」って答えるから、なんか、俺はおかしくて、くすぐったくて、公太と手を繋ぎながらつい笑ってた。  あのさ、ずっと片想いしてた人っていうのが、俺だとして、どこで、俺のこと知ったの?  そう尋ねたら、公太はベッドの上、二人で向かい合わせで座りながら、少し照れくさそうに笑って、そんでこっそりと教えてくれた。  内緒話みたいに小さな声で。  ――実は、ショウタのほうがさ、ちっとも泳げなくて、けどあいつ、クールキャラで通してるから、皆にバレたくないとか言い出して。  仕方がないからって、少し離れたところの市民センターみたいなところで習ってたんだ。そこに、大会出場とかで来てたんだと思う。柚貴がいた。大きな体育館の中では競技をしてるっぽくて、掛け声とか聞こえてきてた。その入り口脇のところで柔軟をしてたんだ。なんてしなやかで綺麗なんだろうと思って見惚れてたら、その人が顔を上げて。  びっくりしたよ。同級生の柚貴だったから。  顔は知ってた。  学校では静かで控えめで、あまり目立たない感じ。  そこにいたのは凛々しくて、真剣な顔をした柚貴。誰かに話しかけれるとすっげぇ楽しそうに笑って、ちょっとそこで倒立とかしてみせたのがさ、めちゃくちゃカッコよかった。  別人みたいだった。  あんなふうに笑ってもらえるの、ズルいって思った。  そんで、ショータにはアイスをおごることでその時の体操の大会を観てさ。あけぼのスポーツクラブっていうとこの選手をしてるのを知ったんだ。  ちょっと、引いた?  そう公太が少し困った顔で笑った。  そんな公太のこと、可愛い、って思ったんだ。  カッコよくて、モテモテで、大人気。 「柚貴って、学校でけっこうクールキャラじゃん?」 「んー、そう?」  でも公太はただのイケメンじゃなくてさ。逆上がりができない高校デビューで、弟妹をとても大事にしていて。家では眼鏡をかけてる、いいにーちゃん。 「なのに、体操のとこでは屈託無く笑うんだ。すっごい無防備に」 「……」  ちょっとダサくて、たくさん笑って、たくさん優しくて、すごく温かい。 「そんなの気になるに決ってんじゃん」  そんな日向男子の隙だらけなとこ知ったら、ちょっとじゃなくて、かなり嬉しくなるじゃん。 「気になって、そんで好きになるでしょ」  好きになっちゃうじゃん。  公太のこと。 「よかった……」 「公太?」 「引かれなくて」 「え、なんで」 「だって、一年だよ?」  一年ずっと俺なんかに片想いしてた、なんて。 「そんなん、嬉しいに決ってる」 「ホント?」 「ホント」  どんな顔で体操してんだろ。俺は、どんなふうにストレッチして、どんな顔でバク転とかやってたんだろ。変な顔してない? ちょっと難しい流れの時とかビビった顔してない? 着地失敗した時、めちゃくちゃ悔しそうな顔してない?  今、俺ってどんな顔してる?  公太が好きって思ってくれそうな、イケてる顔ってできてる? 「け、けどさ、なんか公太もイメージ違ってた」 「あー、眼鏡? そりゃ高校デビューだから」 「や、ちがくて。今、違う」 「?」  学校にいる時の公太って余裕ある感じがする。女子が目をハートにさせたって、全然気にしないでさ、驚くこともなくスマートな対応しますっていうか。  でも、こうして一緒にいる時の公太はちょっと違うんだ。なんていうかもうちょっと子どもっぽいっていうか。  フフフって笑うのが学校の公太なら、俺といる時の公太は顔をくしゃっとさせて笑うみたいな、そんな感じの違い。 「そりゃ、だって」 「?」 「モテ男子になれる春っていう雑誌見て、学校の俺は作ってるから」 「……」 「めっちゃ研究したし」 「モテたくて?」  そこで、公太が困ったように眉を下げた。 「マナ達が話してたからさ」 「?」 「イケメンからら話しかけられると嬉しいって。そしたら、そのうち柚貴に話しかける時とか、ドキドキ、してもらえるかなってさ。した? ドキドキ」 「……」  正直言うと、して、ないかな。 「あんま……かも」 「え!」 「や、だって、もう別世界って思ってたし」  おーこんな日向男子が隣に来た、くらいのもんだったし。 「マ、マジで……?」 「うん」  ご、ごめん。そんなにショックを受けるとは思わず。けどさ――。 「けど、今のほうがドキドキするよ」 「……?」 「今、俺といる時のイケメン化してない公太にドキドキする。……ね?」  胸のとこすごいでしょ? 手を重ねるとけっこうよくわかるくらい、ほら。 「独り占めしたいなぁって思うくらい……ドキドキする」 「……」  公太が片想いしていた相手のことが羨ましいし、憎らしいって思う程度には独り占めしたいと思ったよ。 「公太のこと、独り占めしても、いい?」 「! もちろん! ぜひとも!」  びっくりした。そんなでっかい声で言われたらさ。 「今日、親、は仕事後そのまま小学生組の弟たちを迎えに行って、お祭りのほう見に行くって言ってたし。演舞あるユウタたちはもちろん保育園のほうにいるし!」  そんなはっきりとイチャイチャ安全タイム宣言されてもさ。 「だからっ」 「っぷ」  ムードなんてないのに。したくなっちゃうじゃん。 「すご、公太みたいなイケメンでも、そういうの考えるんだ」  つまりはしたいしたいしたい、エッチなことを好きな子としたい、みたいなの。 「そりゃ思うでしょ」 「……」 「両想いになれた、ずっと好きだった子が目の前にいるんだから」  そう、したくなるに決ってる。だって、目の前に独り占めしたくて仕方ない、すごく好きな子がいるんだから。

ともだちにシェアしよう!