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第37話 君に片想い
レッスン、ほとんど休んだことなかった。軸をさ、中心にして宙返りをするのがどうしても上手くできなくて、すごく悔しかったのを覚えてる。どうしても回転が右側に偏るんだ。もっと左にって気をつけると足先がおろそかになったり、着地でフラついたり。だから何度も何度も練習して、軸を捉えられるようになる回数が少しずつ増えていくと楽しくて、自分の番になると小さく胸が躍った。
よし次こそはっ!
って、助走の足を一つ踏みしめるんだ。一つできると嬉しくて、次のステップに進めると、ゲームを一つクリアできた気分。
そんで、今の課題は綺麗に見える姿勢のキープ。
「…………好き」
たぶん、体操、きっと好きなんだと思う。
「うん」
「つ、続けていいのかな」
「いいじゃん」
「で、でも」
「柚貴をずっと見てた、ずっと片想いしてた俺は知ってる。柚貴は、体操、続けたいと思ってるよ」
まるで、君知らないの? って感じに言われた。
でも、あまり知らなかった。俺、器械体操好きだったんだって。
「やって見たらわかるよ。久しぶりにさ。あっ! でも」
な、何っ、急にびっくりした。
「でも、体操できないムラムラが解消されたら、もう、勉強会の時みたいなの、なし? それは、ちょっと、もったいないっていうか」
えー、だって、俺、むしろそれで呆れられてるかと思ったんだけど?
「……っぷ」
「いや、柚貴、笑い事じゃないし」
「それは大丈夫」
「ホント?」
「ホント。今だって、全然したいから」
すごくしたい感じ。公太が愛しくて仕方ないっていうかさ。
「じゃあ、これ見たら帰ろうか」
「は? だって、ユウタくんたちは?」
「まだ当分あとだからさ。夕方、また来ようよ」
今から? そう心の中で尋ねたら、まさかのチアガールの皆さんが掛け声で「イエス」って答えるから、なんか、俺はおかしくて、くすぐったくて、公太と手を繋ぎながらつい笑ってた。
あのさ、ずっと片想いしてた人っていうのが、俺だとして、どこで、俺のこと知ったの?
そう尋ねたら、公太はベッドの上、二人で向かい合わせで座りながら、少し照れくさそうに笑って、そんでこっそりと教えてくれた。
内緒話みたいに小さな声で。
――実は、ショウタのほうがさ、ちっとも泳げなくて、けどあいつ、クールキャラで通してるから、皆にバレたくないとか言い出して。
仕方がないからって、少し離れたところの市民センターみたいなところで習ってたんだ。そこに、大会出場とかで来てたんだと思う。柚貴がいた。大きな体育館の中では競技をしてるっぽくて、掛け声とか聞こえてきてた。その入り口脇のところで柔軟をしてたんだ。なんてしなやかで綺麗なんだろうと思って見惚れてたら、その人が顔を上げて。
びっくりしたよ。同級生の柚貴だったから。
顔は知ってた。
学校では静かで控えめで、あまり目立たない感じ。
そこにいたのは凛々しくて、真剣な顔をした柚貴。誰かに話しかけれるとすっげぇ楽しそうに笑って、ちょっとそこで倒立とかしてみせたのがさ、めちゃくちゃカッコよかった。
別人みたいだった。
あんなふうに笑ってもらえるの、ズルいって思った。
そんで、ショータにはアイスをおごることでその時の体操の大会を観てさ。あけぼのスポーツクラブっていうとこの選手をしてるのを知ったんだ。
ちょっと、引いた?
そう公太が少し困った顔で笑った。
そんな公太のこと、可愛い、って思ったんだ。
カッコよくて、モテモテで、大人気。
「柚貴って、学校でけっこうクールキャラじゃん?」
「んー、そう?」
でも公太はただのイケメンじゃなくてさ。逆上がりができない高校デビューで、弟妹をとても大事にしていて。家では眼鏡をかけてる、いいにーちゃん。
「なのに、体操のとこでは屈託無く笑うんだ。すっごい無防備に」
「……」
ちょっとダサくて、たくさん笑って、たくさん優しくて、すごく温かい。
「そんなの気になるに決ってんじゃん」
そんな日向男子の隙だらけなとこ知ったら、ちょっとじゃなくて、かなり嬉しくなるじゃん。
「気になって、そんで好きになるでしょ」
好きになっちゃうじゃん。
公太のこと。
「よかった……」
「公太?」
「引かれなくて」
「え、なんで」
「だって、一年だよ?」
一年ずっと俺なんかに片想いしてた、なんて。
「そんなん、嬉しいに決ってる」
「ホント?」
「ホント」
どんな顔で体操してんだろ。俺は、どんなふうにストレッチして、どんな顔でバク転とかやってたんだろ。変な顔してない? ちょっと難しい流れの時とかビビった顔してない? 着地失敗した時、めちゃくちゃ悔しそうな顔してない?
今、俺ってどんな顔してる?
公太が好きって思ってくれそうな、イケてる顔ってできてる?
「け、けどさ、なんか公太もイメージ違ってた」
「あー、眼鏡? そりゃ高校デビューだから」
「や、ちがくて。今、違う」
「?」
学校にいる時の公太って余裕ある感じがする。女子が目をハートにさせたって、全然気にしないでさ、驚くこともなくスマートな対応しますっていうか。
でも、こうして一緒にいる時の公太はちょっと違うんだ。なんていうかもうちょっと子どもっぽいっていうか。
フフフって笑うのが学校の公太なら、俺といる時の公太は顔をくしゃっとさせて笑うみたいな、そんな感じの違い。
「そりゃ、だって」
「?」
「モテ男子になれる春っていう雑誌見て、学校の俺は作ってるから」
「……」
「めっちゃ研究したし」
「モテたくて?」
そこで、公太が困ったように眉を下げた。
「マナ達が話してたからさ」
「?」
「イケメンからら話しかけられると嬉しいって。そしたら、そのうち柚貴に話しかける時とか、ドキドキ、してもらえるかなってさ。した? ドキドキ」
「……」
正直言うと、して、ないかな。
「あんま……かも」
「え!」
「や、だって、もう別世界って思ってたし」
おーこんな日向男子が隣に来た、くらいのもんだったし。
「マ、マジで……?」
「うん」
ご、ごめん。そんなにショックを受けるとは思わず。けどさ――。
「けど、今のほうがドキドキするよ」
「……?」
「今、俺といる時のイケメン化してない公太にドキドキする。……ね?」
胸のとこすごいでしょ? 手を重ねるとけっこうよくわかるくらい、ほら。
「独り占めしたいなぁって思うくらい……ドキドキする」
「……」
公太が片想いしていた相手のことが羨ましいし、憎らしいって思う程度には独り占めしたいと思ったよ。
「公太のこと、独り占めしても、いい?」
「! もちろん! ぜひとも!」
びっくりした。そんなでっかい声で言われたらさ。
「今日、親、は仕事後そのまま小学生組の弟たちを迎えに行って、お祭りのほう見に行くって言ってたし。演舞あるユウタたちはもちろん保育園のほうにいるし!」
そんなはっきりとイチャイチャ安全タイム宣言されてもさ。
「だからっ」
「っぷ」
ムードなんてないのに。したくなっちゃうじゃん。
「すご、公太みたいなイケメンでも、そういうの考えるんだ」
つまりはしたいしたいしたい、エッチなことを好きな子としたい、みたいなの。
「そりゃ思うでしょ」
「……」
「両想いになれた、ずっと好きだった子が目の前にいるんだから」
そう、したくなるに決ってる。だって、目の前に独り占めしたくて仕方ない、すごく好きな子がいるんだから。
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