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第9話 *

「あーあ、これでもう完全に学院に出入りできなくなっちまったなー」 「あそこには魔界の者よりもずっと野卑でろくでもないのがうろうろしているのだから調度良かっただろう。それより私の目的のためにお前を選んだのだからな。この世界のどこかにいるはずの"暁の鳥"を呼び出せるほどの高位術士になってもらわなければ」 「どんな夢だよそれは!」  必死に身を捻り、ようやくディズの腕の檻から抜け出す。そして寝台から降りてよろりと窓際に駆け寄ると、尊大な態度でオレを見ている高位召喚獣へと指を突きつけてやった。 「オレよりもっと能力の高くてイイご主人様探してくればいいだろう?」 「私をこの異界に連れ出した張本人なら責任を取って然るべきでは? "暁の鳥"を見つけるよりも前に私と主従の契約を解除するつもりなら――人の国の一つや二つ、私の眷属が遊ぶ地にしてやっても良いが」  突きつけたオレの指の先でそいつは哂った。  それはもう不気味なくらいに綺麗な笑みで、けれど琥珀色の瞳は一切笑っていない。それが最凶と呼ばれる幻獣である竜のジョークなのかもしれないが、平凡な暮らしの中に数々の昔話や神話を聞かされて育ってきたオレにとってはまったく笑えないものだった。竜は吐息に炎を混ぜるだけで簡単に人の国など滅ぼせるのだから。 「否やはないか。契約続行だな」  ディズが本性である巨大爬虫類もどきにはあるまじき優雅な足取りでオレに近づいてくる。竜は人に勝る知能と力を持つ――確かにそのとおりだとオレはいやでも理解せざるを得なかった。少なくとも、喚き散らすオレを一言二言で黙らせてしまうくらいにはこの魔物は言葉の威力を持っている。だが、どうしても納得できないのはするりと滑り込んできた感触だけなら間違いなく人間の――男の手だ。 「あっ、メリルもグリフィスも! オレを裏切るのか!!」  グリフィスに服のすそを引っ張られるようにしてメリルたちが退室してしまう。 「連中が利口なだけだ。……誰に逆らってはならないのか、よく分かっている」 「へ、変態……! 何でテメェの相手してやらなきゃならないんだよ、オレがご主人サマなんだろ?」  自分に出来るくらい精一杯の低い声で言い返すと一段と琥珀の瞳が細まった。 「たとえ主従でも我らの世界には常に対価がいる。忠誠を誓い労働する従者には褒美を、褒美を与える主には忠誠を。お前は私の欲しい対価を簡単には払えそうにないからな」 「対価って――あ、ヤメ……ぅ」  自分よりもずっと体躯のいい男に抱きしめられるだけで息が上がるというのに。 「ただ、色に溺れる瞬間に溶けるその紅は気に入ったからな」  わざとらしく耳元で囁かれる男の声も、次々と襲い掛かってくるえもいわれぬ感触にあっさりと流されていったのだった。 ***  必死に抵抗していた少年が、深く口付けて口腔を蹂躙しただけでくたりと力を抜いた。その事慣れない様子は人の皮を被った魔物の口もとを僅かに歪ませる。この世界でもやはりめずらしいのだという紅色の瞳は人を寄せ付けることをあまり良しとして来なかったのか、魔物の国でならこぞって寄ってきそうな容貌の持ち主でありながら他の者の気配は少年の身体に残っていないようだった。  美しい色を宿しているのにまるで隠すように伸ばされた前髪を悪戯にかき上げると一気に少年の印象が変わる。決して女性的ではなく、少年期独特の幼さが残ってはいるものの成人へ向かおうとしている整った顔と細くしなやかな雄の肢体。  決して肉付きがいいとは言えないものの、だからこそ引き締まった細い腰は扇情的であるし人に変じた魔物の手で掴めてしまう足首も彼の目を楽しませた。この細い足首に幾連もの飾りをつければもっと楽しめそうである。  十分に、それこそ丁寧といってもいいくらいに唇から始まっていたるところに愛撫を施していくと、必死に声を噛み殺そうとしている少年の唇から耐え切れずに小さな喘ぎがもれ聞こえてくるようになってきた。 「ッあ、うくっ……!」  片腕で細い両腕を封じ、犬がじゃれつくように今となってはしっかりと存在を誇示している胸の飾りを水音を立てて舐ると、ようやくずっと唇を噛み締めていた少年が口を開いた。そこから聞こえてくる嬌声は自然とどこか艶やかさが含まれているかのようだった。明朗とした声で魔物を誘うように歌う少年の、喘ぐ声は驚くほどに耳心地がよい。 「ッぁ、馬鹿ディズ……覚えて、……っあ、あッ!」  解したとはいえ同性同士で性交するのには向いていない人の身体だ。喘ぐ少年の内奥を己の欲望で満たすために少年の息を見計らいながらゆっくりと熱くなった自身を挿入していくと一際少年の声が高くなる。目を見開き、意図していないのだろうに零れ出す涙に呆然としているようにも見える。そして忙しない呼吸を諫めるように少年のものにも愛撫を施すと辛そうに眉根を寄せた。 「私の目を見ていろ、ユーグ」 「ふざけ、……ッく、ああっ、ヤ、…んッ……あっ、あ、あ……っ!」  こんな時だというのに喰ってかかりそうな少年の最奥へと腰を進めると、少年の肢体が大きく震える。罰とばかりに少年の身体を揺さぶると先ほどより確実に色を帯びた声が漏れ出した。正常位のまま、男の下肢が濡れた音を立てながら打ち付けられる度に左右に振られる小さな顔を逃さないとばかりに口付けで縫いとめる。それからわざとらしく自身の先端を入り口付近まで引きずり出し、以前の性交で見つけ出した少年の啼くところを擦ってやると、先ほどまでの気概は失われ涙で濡れるままにこちらを見てくる――それが、紅玉が溶ける瞬間。  そのどこか白痴美めいた表情に益々雄を昂ぶらせながら再び楔を深く穿つ。押し上げられるように吐き出された少年の精に笑みながら己も一度は少年の内奥へと吐き出すが、当然それで行為が終わることはなく。  今まで愛情を相手に覚えたことのないはずの黒竜は、少年の意識がやがて途絶えるまで愛しげに抱き続けるのだった。

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