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第287話

その日もいつも通りに仕事をこなし、終業時間がくる。 何度か別れを伝えようと思ったけれど… 「終わったか?」 「はい!」 「おお、凄いじゃないか、ちゃんと集中して出来るようになってきたな」 柔らかな白髪をつい撫でてしまう。 「はい、国近さんのおかげです」 「もう、安心だ」 俺がいなくても… 「え?」 「今日はちょっと片付けがあるから先に帰ったらいいから」 「いえ、待ちますよ」 「身体も心配だし、あまり遅くなると優志にどやされる、今日は帰るんだ」 「はーい、じゃまた明日、よろしくお願いします」 「あぁ、気をつけて帰れよ…元気でな」 そう頭をくしゃりと撫でてやる。 「元気でってなんか変」 明日会えるのに、お別れみたい… 「はは、じゃあな」 笑って誤魔化しながら帰宅を促す。 「はい、お疲れ様でした」 そうして尊は帰って行った。 あんなに俺を慕ってくれている尊を見ると… 結局、直接別れは言えなかった。 だから、尊のデスクに手紙を残すことにした。 感謝とそして、別れと。 その後、引き継ぎの資料を作成し、ひとりデスクを片付ける。 尊のことは山岸が引き継いでくれる筈だから… 20年以上働いたこの机ともさよならだな、意外と荷物は少なかった。 こんなもんか。 綺麗に片付いたデスクを眺めてしばし感慨にふける。 これから優志と会う。      尊に近づけなくなる術をかけられに… 「……」 未練がないかといえば、そんなことはない。 けれどケジメとして、責任は果たさなければならない。 覚悟はできている。

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