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一本目は辛らつに_02

「ねぇなっちゃん、ローズミルクティーが飲みたいんだけど、こっちの抹茶も捨てがたいなぁ。どっちがいいと思うー?」  本日のメインイベント、高校の入学式を終えて向かった先はSNS映えするタピオカ店。中学卒業を機に別れた元カノに「なっちゃんと行きたい」と可愛くおねだりされたら、元カレとして行かないわけにはいかない。  メニューを見て、ああでもないこうでもないと悩む元カノは可愛い。だけど、それだけだ。可愛く思うけれど、恋愛感情はどうしたって抱けない。四信先輩だけが特別な自分は頭がおかしいのだろうか。特別なくせして、一歩も踏み出せていない。むしろ後ろに下がっている気さえする。 「じゃあ俺とシェアしよっか」  元カノのやわらかい茶色い髪を撫でながらへらりと笑った。きっと、そうしてほしいだろうと思ったから。案の定、嬉しそうに頬を染め「ありがとうなっちゃん、だーいすき」と別れたとは思えないほど可愛い声を出してくれた。よりを戻したいのだろうオーラがひしひしと伝わり、レジ待ちしている間も腕を絡めてくる。  あー、おっぱい当ててるなぁ。自慢のおっぱいだもんね、知ってるよ。やわらかくて、まるくて、きれい。男だからやっぱりムラムラはするし、このおっぱいの誘惑に負けてそりゃ何度もヤったもん。だけど、それだけだ。ヤりたいイコール愛ではない。 「ねぇなっちゃんって、今彼女いるの?」  やっぱりそう来ちゃいますよね、俺のせいだ。ちょっと優しくして、髪を撫でたりしたから、期待させてしまった。空気を読んで、髪を撫でるべきじゃなかった。失敗したなぁと頬を掻く。  フリーだよ、なんて言えば「じゃあわたし、立候補しちゃおー」ともっとおっぱいを当てられる。実は彼女いるんだよねと嘘を吐いたら、気まずくなること間違いなし。完全に詰んでる。身から出た錆。  ええい、どうにでもなれと口を開こうとした時、真新しいブレザーの内ポケットでスマホが震えた。このタイミング、奇跡すぎるでしょ。元カノの頭をぽんぽんと撫でて「ごめん、電話かかってきたからちょっと列抜けるね。お代はこれで払っといて」十分足りるであろう額を手渡す。少し不満げだけど「うん、早く帰ってきてね」と頷いてくれたから、列から抜けて店外へ。  俺の救世主は誰かなとスマホを見つめると、白金三千留の五文字。さっすが俺たちの王様ちるちる! 「はーい、ちるちるどうしたー?」  いつも以上に高い声になってしまったと自分で笑いながら、店の中にいる元カノにひらひらと手を振る。 「カラオケでバイトしろ」  ちるちるからのとんでも無茶振りに思わず「へ?」と間抜けな声がでた。きっと声だけじゃなくて顔もとびきり間抜けなはずだ。ちるちるが目の前にいなくてよかったと思いながら、彼の次の言葉を待つ。 「バイト探していると言っていただろう。俺様が探しておいた。今から駅前のカラオケに集合だ」  言ったけども! 急すぎる!  うっっわ、元カノめっちゃ俺のこと見てる、ものすっごく可愛い顔して睨んでいる気がする。  でもこうなったら、王様はなにがなんでも来いと言う男。俺にある選択肢は、はいかイエスのみ。 「えっ今タピってるとこなんだけど!」  元カノにも聞こえるように、必死さを出す。本当は行きたくないんだけど、しょうがなく行くんだよアピール。我ながらひどい男だと思いながら、眉を下げる。 「七緒がシベリウスを好んでいるとは知らなかったぞ。俺様もよくタピる」  どうしてタピオカからシベリウスに?  頭に疑問符が浮かんで、ああ、なるほど! と次の瞬間には感嘆符が浮かんでいた。作曲家でヴァイオリニストのシベリウスの交響詩『タピオラ』のことだ。ちるちると会話をしていると、教養が試される。 「あーーそれは交響詩『タピオラ』だわー俺はタピオカミルクティー飲んでるのタピるだから!」 「タピオカミルクティーを飲むことをタピると言うのか初めて知った」  きっと電話越しのちるちるは驚いた顔をしているだろう。そして、知らなかったことを知ることができたと美しい青い瞳をキラキラ輝かせているはずだ。見たかったなぁ、あの顔。新たな知識を得たちるちるの顔は、本当に可愛い。もっといろんなことを教えてあげたくて、ちるちるがまったく知らなそうな分野を開拓していたらいつの間にやら『チャラい男』だなんて言われるようになっていた。 「むしろ『タピオラ』を弾くことをタピるって言うこと初耳すぎるやつーとりまカラオケ集合おけまる!」  王様が来いと言うならば、俺はどこへでも行きますよと心の中で笑う。 「七緒、俺様がお前を幸せへと導いてやる」  ああ、やっぱり電話でよかったかもしれない。真実を見通すあの青い瞳に見つめられたら、ひとたまりもない。へらへら笑って嘘を吐く俺を、ちるちるはすべて嘘だとわかっていながらも受け入れてくれる。それがつらくて、たまらないのだ。  ねぇ、ちるちる、幸せってなんだろうね。好きな人に、好きになってもらうこと? それなら俺は一生幸せになれない気がするよ。 「なーにいきなり。俺はいつだってちるちるに幸せもらってるよ」  平気で嘘を吐いてしまう。唇は震えず、むしろへらへらと笑っている。 「そうか、俺様も七緒にもらっている、愛してるぞ」  そうして、ちるちるにも嘘を飲み込ませてしまう。俺は、こんな俺が世界で一番嫌いだよと眉を寄せた。

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