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一本目は辛らつに_03
元カノに「急にバイトの面接決まっちゃって! ごめんね!」と謝り倒し、最終的には「じゃあーなっちゃんが受かったら遊びに行くねー」と許してもらえた。
ちるちるを待たせるわけにもいかないから、駅前まで全力疾走。それにしても、ちるちるからカラオケを提案されるとは思わなかった。「高校生になったらバイトしたいんだよねー」「じゃあ俺様の秘書になるか」なんて馬鹿な会話をしていたけれど、まさかのカラオケ。クラシックしか聞きませんという顔をして、意外とロックが好きだったりするけれど、どうしてカラオケなのだろうか。そこに深い意味がある気がした。
ようやくカラオケが見えてきたと目を凝らす。お腹の中にいる頃からの幼なじみだというのに、ちるちるの美しさにはいつも驚く。夜の闇に負けないキラキラした金色の髪、空のように青い瞳を縁取る長いまつげ。自信に満ち溢れた薄くて大きな唇。透き通る白い肌。どの角度から見てもとびきりの美形だ。
満面の笑みを浮かべてちるちるに手を振ると、となりに見知らぬ青年がいることに気づいた。
無造作な赤い髪、覇気を感じない大きな黒い瞳。やる気を感じられない平行眉。耳にはびっしりとピアス。いかにもやんちゃをしていそうな美人。ちるちるとの接点なんてまるで見つからない。もしかして、カラオケの店長? それにしては若い。二十代前半に見える。
二人に距離を詰めた瞬間、鼻を掠めるのは甘ったるい煙草の匂い。ちるちるが吸うはずがないから、となりの青年からだろう。ちるちるに煙草の匂いを移さないでほしいと思いながらも、できうるかぎり満面の笑みを浮かべた。
「ちるちる遅れてごめん! どーも、ちるちるの幼なじみの本郷七緒です。まさか店長さん? 若いっすねー」
まずはどこまでも軽いノリで調子よく。
赤髪の青年は俺をチラリと一瞥するも、にこりともしてくれない。
「もっと若ぇやつに若い言われるのシュールすぎだろ。つーか店長じゃねぇよ。月島音八 、ただのバイト」
ただのバイトなのに、どうしてちるちるは音八さんと俺を引き合わせた? なんの意味がある?
思わず首を傾げていると、ちるちるはにっこりと微笑んだ。
「二人を引き合わせたことだし、俺は帰る」
「えっ!」「は?」
音八さんも驚いたのか、二人して勢いよくちるちるを見つめる。
ちるちるにいきなりバイトしろと言われ、カラオケまで来たものの、丸投げ。ちるちるってそういうとこあるよね!
「七緒、せいぜい励めよ。音八、よろしく頼む」
ちるちるの手が俺たちの肩をぽんっと叩くと、本当に真っ白いリムジンに乗って夜の闇に溶けてしまった。
初対面の男と二人きりとか勘弁――とはならない自分の性格、ありがとう。これはきっと王からの試練だろうと受け入れ、視線を音八さんに向けた。
「もしかして面接って今日やってくれたりしますか?」
「あー、白金の坊ちゃんが店長に話し通してくれたっぽいぜ。お前採用だってよ」
「えっマジっすか。つーか白金の坊ちゃんってなんすか、ちるちるのこと?」
「そう。あいつ、白金財閥の御曹司だろ。だから、白金の坊ちゃん」
白金の坊ちゃんと呼ぶ音八さんは何者なんだ。二人の関係性はなに? どこに縁がある? さっぱりわからない。だけど、まだ踏み込んではいけない気がした。
「とりあえず中入ってくか、今日はバイトしねぇでいいから案内的な感じで」
「いいんすか! やったー音八パイセンいい人!」
とびきりはしゃいだ声を上げる。音八さんは冷めた黒い瞳で俺を見ると小さく、だけど確かに鼻で笑った。
「お前、それで世渡り上手のつもりか? ちっとも上手に見えねぇぞ。やるならもっと上手にやれよ」
真っ向から辛らつな言葉を食らうのは慣れている。こういう時は、歯向かってはだめだ。カッとなって喧嘩腰になってもだめ。それは相手の思うツボ。
「すみません、俺へらへらしてるからイラッとしちゃいましたよね。今後は気をつけます」
申し訳なさそうに眉を下げ、俺が悪いのだと謝る。これから一緒のバイト先なんだ、お互いの第一印象が最悪という事態はどうしたって避けたい。避けるべきだ。
鼻で笑った音八さんは、今度は思いきりため息を吐いた。この人、まだ俺に喧嘩を売る気なのか。
「そーやっていつも笑ってごまかしてきただろ。自分の気持ちとも向き合わずに足踏みしてる感じつーの? 顔見たらわかるわ。お前、そーいうオトコだよな」
音八さんの細い指が俺の顎を掴む。
そんなこと、わかっている。自分の気持ちから逃げて、ずっと同じ場所で足踏みしているってことは、俺が一番わかっている。だけど、俺には勇気がない。四信先輩に好きだと言う勇気も、振られたあとで笑っていられる自信も、ない。それなら、四信先輩に気がつかれないように『仲良しの後輩』ポジションでいるほうがいい。そのポジションなら一生四信先輩のそばにいられる。
「やだなー音八パイセン、なーに言ってんすか。出会ったばかりの俺のこと、簡単にわかろうとしないでくださいよぉ」
必死に歯を食いしばって笑う。これが今の俺にできる最大限の反抗だ。
しばらく俺を見つめた音八さんは、俺の顎から手をするりと離して意地悪く口角を上げた。
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