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一本目は辛らつに_04

「お前、なかなか面白いオトコじゃん」 「ちるちるの幼なじみですから」 「それもそうだな、あいつの幼なじみならしょうもねぇオトコなわけねぇわ」  それは、ちるちるを信頼しきっている言葉だ。そうですね、あなたもちるちるの紹介だからきっと大丈夫。  音八さんに促され、店の中へと入る。駅前の店だからか、ロビーには百花の生徒がずらり。俺が知らなくても、俺のことは知っているのだろう「あいつ本郷じゃん」「マジだ」「あいつバイトなんてする必要なくね?」「いや、あいつ成金じゃん」こそこそ、それでいて俺に聞こえるように言うのだからたちが悪い。どんなことを言われようと、へらへらと笑っていられる俺が一番たちが悪いかもしれないけれど。 「お前、人気者じゃん」 「それほどでも――あれ、ちゃんしーパイセン!」  がやがやと騒がしく部屋から出てきた団体は、百花バスケ部。みんなの中心にいるのは間違えるわけがない、四信先輩。他の百花生たちも「うおっ生上野先輩だ」「相変わらずかっけぇ」と騒ぐ中、四信先輩は俺に向かって大きく手を振ってくれたことが嬉しくて、自然と頬が緩んでしまう。 「よー七緒! お前なにしてんの」  四信先輩は後輩たちに軽く謝りながら、俺のほうへ向かって来てくれた。たったそれだけのことで、さっきまで俺の陰口を言っていた百花生はぴたりと黙る。やっぱり、四信先輩はヒーローだ。 「ここでバイトすることになったんで、先輩に案内してもらってるんすよー」  この人先輩っす! と四信先輩に音八さんを軽く紹介すると、音八さんは気だるげに「どーも」と言う。音八さんのやる気スイッチは壊れているのかもしれない。 「マジか! 俺、百花三年の上野四信っていいます。こいつ、すっげーいいやつだし気配り上手だからなんにも心配いらねーと思うけど、最初のうちはわかんねーことばっかだと思うんすよ。七緒が悩んでいる時とか、わかんねーことあった時はどうかよろしくお願いします」  四信先輩はチラリと音八さんを見つめると、俺のために深々と頭を下げてくれた。  人のために、これほど深く頭を下げられる人はそうそういない。だけど四信先輩はそういう人だ。いつも、誰かのために頭を下げたり、走り回っている。 「あー、ちゃんしーパイセンやめてー! はずかしいんすけどー!」 「いいじゃんか、大事な後輩がバイトすんだからよ」  大事な後輩とか、もー、四信先輩ずるいでしょ。  ここが公共の場だから必死に立っているけど、二人きりだったらずるずる座り込んでいた。だって、嬉しすぎて顔が、むしろ体中がどろどろに溶けちゃいそうだ。必死に堪えてへらへら笑っているけど、今にもぐしゃりと崩壊しかねない。  音八さんはなにを言うでもなく俺と四信先輩を交互に見つめ、どこか楽しげに口角を上げる。  ああ、なんだろうな、その笑顔。ものすっごくいやな予感がする。だけど、その笑顔の意味に気がつかないふりをして、四信先輩だけを見つめる。今日も四信先輩はひだまりみたいにぽかぽかしていた。 「へぇ、イイ先輩じゃねぇか。こいつのことは俺に任せとけ、しっかりバイトマスターにしてやるから」 「えっなんすかバイトマスターって!」 「いいじゃんバイトマスター。カッケーぞ七緒!」 「マジすか? じゃあバイトマスター目指そ!」  我ながらちょろいなと笑みを深めると、四信先輩が俺の髪をわしゃわしゃと撫でてくる。不意打ちやめて、顔にやける! 「お前ら恥ずかしいくれぇ青春って感じ」 「音八パイセンにもあったでしょ! 青春時代!」 「俺の青春なぁ、性なる春って書いて性春だな」 「うわぁ、音八パイセン不潔ー」 「むしろ健全だろうが。そう思うだろ、ちゃんしーパイセン」  音八さんの指先がするりと四信先輩に伸びる。その指先をさりげなく掴んで「はーい、ちゃんしーパイセンをからかうの禁止ー」とにっこり笑った。音八さんはふっと小さく笑うと、俺の手を払いのけた。  ああ、この人、俺が四信先輩に懐いていることを知っていて、からかっている。まるで、喧嘩を売られている気分だ。だけど買ったらだめだ、ぜったいに。だって、四信先輩の前だ。四信先輩の前でみっともなく腹を立てたりしたくない。我慢だ、我慢しろ、本郷七緒。  すぅーとゆっくり息を吐く。それから歯を食いしばって必死に笑う。それが今の俺にできる精一杯。 「二人すっかり仲良しじゃね? 俺ジェラるわー、可愛い後輩の七緒とられた気分だわー」  ガシッと四信先輩の腕が俺の肩に回る。思わずよろけそうになると四信先輩が支えてくれて、転ばずにすんだ。しっかりと地に足がついている、四信先輩のおかげで。俺が困っていることを瞬時に見抜いて、それでいて押しつけがましくなく俺を救ってくれる。今日もまた惚れ直してしまった。 「やだなぁちゃんしーパイセン。俺のモーストパイセンはちゃんしーパイセンっすよ!」  いつもの軽ノリで、ふざけるように、ガシッと四信先輩に抱きつく。四信先輩もおおいに笑って「よーしよし今日も七緒は可愛いな!」と頭を撫で回してくれた。  音八さんにとってはちっとも面白くない光景だと思ったのに、音八さんの口元はさっきからずっと緩んでいる気がした。

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