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二本目は淫靡に

 ガシャン! トレイが手からすり抜け、床に落ちる。誰もいない廊下だけれど「申し訳ありません!」と謝りながら、もう一度おそるおそる部屋の中を覗いた。  おいおいおい。まさか。もしかしなくても。これって。 「ッ俺の中、サイッコーにっ、気持ちいいだろッ!」 「っうぁあ、音八ん中、マジでッたまんねぇ……!」  トレイを拾い上げながら、よろよろと転けそうになるのをなんとか堪える。ジュースを届けに行った後でよかったと安堵しながらも、部屋の中で繰り広げられる光景にまたよろけて転けそうになり、ぐっと堪えるの繰り返し。  音八先輩の帰りがあまりに遅く、ほかの部屋にジュースを届けてからさらっと探しに行くかと、部屋を覗いた俺が悪かったのだろうか。まさか、帰りが遅い音八先輩が男の膝に跨って腰をガクガクゆさゆさ前後左右に振り乱し騎乗位しているなんて想像さえしていなかった。  それにしても音八先輩が女の子側なのに、あんあん喘いでいるのが挿れているほうってどういうこと? ふつう女の子側があんあん喘ぐものでしょ? 音八先輩が食われている、というより食っている。バイト中には見せないであろう狂気に似た笑顔を浮かべている音八先輩はさながら獣だ。  とりあえず後輩としてはどうするべきなんだ。止めるべきなのか? でもこの状態になったら、出すもの出すまで止められないのは同じ男だからわかる。それならば店員として、客にバレないようにさりげなくこの部屋の前に立つしかない。  くるりと部屋から背中を向け、扉の前に立つ。あのまま部屋を覗いていると俺まで搾り取られそうで怖い。 「おらっ! っ俺ん中で、イっちまえ、よッ……!」 「っぁあ、音八ん中で、イっちま……ぅぐぅッ!」  あ、イった。なかなか早漏だな。それとも、音八先輩の中が名器か、床上手。どこもかしこもガリガリでお尻も小さくて中は狭そうなのに、あんな声をださせちゃうとは、よっぽどのテクニシャンなのだろう。音八先輩が女の子というより、相手が女の子にされちゃっている。  男同士のセックスは、四信先輩を好きだと自覚してすぐにネットで検索をした。文章で読んだり、動画を見て「うわぁ」となんとも言えない気分になり、そっと寝た。四信先輩をベッドに無理やり組み敷いて、セックスする夢を見てしまったことを今でも覚えている。  四信先輩はどんな顔をするのだろう、どんな声で喘ぐのだろう、俺のおかずはいつだって四信先輩なのに、同性とのセックスは一度だってしたことがない。したいと思えない。四信先輩以外の男にはまったく反応を示さないからだ。女の子には勃起するけど、男は四信先輩限定。いまもまた、音八先輩のセックスを見ても、ピクリともしていない。  俺はいつだって『可愛い後輩』のふりをして、四信先輩のとなりで笑っている。なんて嘘つきな男だろう。四信先輩をおかずにしています、なんて本人に言ったら引かれるだろうか。四信先輩にだけは、どうしたって嫌われたくない。だから、この思いを告げる日はいっしょう来ない。 「あっれ、本郷なにしてんの。覗きかよ、最近の高校生はえっちだなぁおい」  扉が開く音がして、勢いよく扉から退く。  どこかスッキリした表情をした音八先輩が服の乱れを適当に直しながら、部屋からでてきた。事後感をまるで隠すことのない素ぶりに思わず眉根を寄せそうになるけれど、必死に笑顔を作る。 「それは俺のセリフっすよ、音八パイセンバイト中になにしてんすか!」 「ちょっと一発抜いてきただけだろ」 「もーちょっと一服みたいなノリで言わないでくれます? 腰抜かすかと思いましたよ、廊下まですっげー声聞こえてたし。休憩中ならなにしてもいい……わけじゃねぇけど、そーいうのは休憩中にしてくれません?」  はぁとため息を吐くと、音八先輩は俺の話をなにも聞かずに大欠伸をひとつ。この人ぜっんぜん話聞かねぇ! 「うるせぇなぁ、小姑かよ。セックスしてなさすぎてイライラしてんの? 俺が抜いてやろうか」 「間に合ってるんで大丈夫っす……なにしてんすか」  耳の穴に小指を突っ込んでいた音八先輩は、じろじろと俺の体を舐め回すように眺める。「なっちゃんって細マッチョだよね」歴代元カノにそう言われてきた俺は、脱ぐとすごい派だ。バスケ部部長の四信先輩、エースのあゆさんこと渋谷歩六(しぶやあゆむ)先輩みたいにわかりやすく筋肉質ではない。だから、舐め回すように見られたところで魅力はないはず――と思っていたら、真顔の音八先輩に股間をもみもみ揉みしだかれていた。マジでなに考えてんのこの人。 「俺ん中、サイコーに気持ちいいって評判だぜ。お前、それなりにイイもん持ってるみてーだし、オトコ抱きたくなったら言えよ。予行練習につき合ってやるよ」  つー、服の上から人差し指で股間を撫でられると、嫌でも反応しそうになる。  予行練習? 一歩も踏み出すことのできない俺に四信先輩との本番なんて永遠に来ないのだから、予行練習なんて必要ない。きっと、俺に勇気がないことをわかっていて、音八先輩は笑っている。ほんと、一番突かれたくないところをぐりぐり抉ってくる人だ。 「はいはい、馬鹿なこと言ってないで真面目にバイトしますよー」  音八先輩の手を払いのけ、へらりと笑い受付に向かって歩き出そうとした。 「好きなオトコを抱く勇気ねぇやつが、俺を抱けるわけねぇか。お前の生き方、マジで窮屈すぎ」  すれ違いさまにさらりと言われた言葉が胸に刺さる。  音八先輩はどんどん先に歩いていく。  俺はこのままずっと足踏みしたまま、立ち止まってしまうのだろうか。もうどうするのが正解なのか、さっぱりわからない。わからないから誤魔化すように歯を食いしばって笑うほかないのだ。  拳をぎゅっと握りしめ、音八先輩の背中を追いかけるように駆け出した。

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