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二本目は淫靡に_02
「おうちゃん、お待たせ! あっれ、どーしたの? 壁とキスなんかしちゃって」
おうちゃんこと神谷旺二郎 が大きな背中を丸め、廊下で縮こまり、壁のほうに思いきり体を向けている。今にも壁とキスをしそうな距離感だ。そんな姿でさえ、女子は「神谷くんマジ国宝級」と騒ぎ立て、目をハートにさせる。どの角度から見ても美しいなぁとちるちるを見て何度もため息を吐いたけれど、おうちゃんもまたそういった類の男だ。
地黒だという褐色肌は彼のエキゾチックさを存分に引き出す。焦げ茶のストレートの髪はワックスなんてなにもつけていませんといった風なのにばっちりと決まっている。涼しげな明るい茶色な瞳、厚ぼったい唇、モデルのようなスタイルの良さ。高校一年生になったばかりとは思えぬ大人っぽさを持っているのに、おうちゃんの中身はとても幼い。
「なっちゃん、その」
ぼそぼそと低い声だ。誰かに気づかれまいと全力で気配を消しているつもりかもしれないけれど、おうちゃんはイケメンだ。それはもうとびきりの。そこにいるだけで周囲の空気がガラリと変わる。ちるちる、いっくんこと広尾五喜、そしておうちゃん。俺の仲良い男たちはみんなそうだ。四信先輩と出会う前だったら、猛烈に嫉妬していた。俺にはないものを当たり前に持っていて、それなのに気がついていないおうちゃんに。だけど、俺はもう四信先輩と出会っているから。ただただおうちゃんが愛おしくてしょうがない。
「今日は五月晴れって感じのお天気だから、屋上でランチするってちるちる言ってたよ、屋上行こ――あ、そーいうことか」
おうちゃんの肩に腕を回すと、身長差で若干つらい。だけど顔だけは笑顔! と前を向くと、おうちゃんが縮こまっていたのがわかった。屋上へ続く階段の前でバスケ部員たちが騒いでいる。輪の中心にいるのは、四信先輩とあゆさん。四信先輩に気がつかれたらどうしよう、その一心で壁のほうに体を向けていたのだ。
おうちゃんは身長が大きい。たぶん、これからぐんぐん伸びるだろう。その高身長を四信先輩に買われ「その身長ならバスケ部入らねえとな!」とバシバシ背中を叩かれて以来、四信先輩のことが苦手だ。どうにか四信先輩と目を合わさないように、声をかけられないようにしているけれど、四信先輩はおうちゃんをいたく気に入っている。
「旺二郎が一人でいるとつい声かけたくなるんだよなー」
四信先輩は笑いながら言っていた。ほんの少し、いや、ものすごく羨ましいけれど、おうちゃんにとってはありがた迷惑。大好きな二人だからこそ仲良くしてほしい。なにかきっかけを作ってあげたいけれど、おうちゃん自身が心を開かなければきっと変われない。だから、今はおうちゃんに寄り添ってあげよう。
「ねぇねぇおうちゃん、ジュース買ってから行こっか。それで、ちょっとズルしてエレベーター乗ろ!」
階段の前を通りたくないなら、エレベーターを使えばいいじゃない。いわゆるマリーアントワネット作戦。いわゆらないかもしれないけど。
自販機の近くにあるエレベーターは『具合が悪い人、運送業者、荷物をたくさん持っている人』が優先して使うことになっている。百花は真面目な生徒が多く、そのルールをきちんと守っている。だけど、このルールは必ず守らなければいけないものではない。破っても咎められないものだ。
「……なっちゃん、ありがとう」
「なにがー?」
「俺のためでしょ?」
「俺がジュース飲みたかっただけー。あと体育でダルいからエレベーター使いたかったんだよねー」
あくまでも俺のワガママ感を出して、へらりと笑う。おうちゃんは照れくさげにはにかむと「わかる、俺も体育でだるい」と頷いた。
今のはにかみでどれだけの女子がときめいたことか。仲良くない人には一貫して真顔、無表情なおうちゃんは、俺たちといると意外とよく笑う。女子はそういうのに弱い。やっぱりおうちゃんには敵わないなぁ。これでちるちるのように顔の良さを気づいてしまえば無敵だ。残念ながらおうちゃんはいっしょう気づきそうにないけれど。
「バイト代まだまだ入らないけど奢っちゃおうかなー、おうちゃんはメロンソーダだよね」
「なっちゃんさすがお母さん」
「もーせめてお父さん!」
「なっちゃんはお父さんというよりお母さん」
自販機の前に立ち、おうちゃんにはメロンソーダ、自分にはミルクティーを買う。特にミルクティーが好きなわけではないのに「なっちゃんってミルクティー似合うよね」と元カノに言われて以来、ミルクティーを買ってしまう。元カノが好きだからという理由ではなく、『本郷七緒が買う飲み物はミルクティー』という他人からの評価を受けて買っているだけ。どこまでも主体性のない選択だと心の中で笑いながら、メロンソーダを眺める。
おうちゃんは、ちっともメロンソーダらしくない。ブラックコーヒーをさらりと飲みそうなのに「兄貴が作ったコーヒーなら飲むけど、自販機のは苦い」なんてブラコン発言をして、他人の目に振り回されることなくメロンソーダを頼む。なんてかっこいいんだろうとため息を吐きそうになりながら、おうちゃんにメロンソーダを差し出した。
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