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二本目は淫靡に_03

「はいっ、俺だと思って大事に飲んでね!」 「なっちゃんだと思ったら飲めない」 「じゃあ誰なら飲めるの?」 「誰でも飲めない。好きな人は申し訳ないし、嫌いな人はぜったいやだし」  俺は四信先輩だと思ったらぐいぐい飲めちゃうけどなー、なんて気持ち悪すぎて言えるわけもなく「そーいえば、おうちゃんはバイトとかしないの」とさらりと話題を変え、エレベーターに乗る。 「俺接客業無理だし、裏方もできそうにないから。家に帰ったら陶芸やりたいし、絵も描きたいから今はいいかな。なっちゃんはカラオケすごく合ってるよね、制服も似合ったし」 「でしょー、タピオカ店でバイトってのもありだと思ったんだけどね。でも、ちるちるに紹介されたら断れるわけないし」  音八先輩以外はみんな良い人だし――音八先輩は別に悪い人ではないけれど、ちるちるの知り合いとは思えないビッチ具合だ。  ちるちるは驚くほどに清純無垢だ。同性に性的な目で見られようと「俺様の美しさは同性さえも惹きつける、しょうがないことだ」となんにもわかっていない。邪な目で見られているんだよ、なんてことは口が裂けても言いたくない。だから、俺といっくんが変な男たちをちるちるに近づけないようにしてきた。  いまのところ俺にとっての音八先輩は『変な男』にカウントされてしまうのだけど、ちるちるは音八先輩をどうにも信頼しているように見えた。音八先輩もまた、ちるちるを信頼している。『変な男』だけど、良い人とも言い切れないけれど、ちるちるが信頼している男という点だけで、俺はあの人をただのビッチだとは思えない。 「みっちーの紹介って意外だよね。カラオケってちょっとガラ悪い感じするし。特にあの人、赤髪の」 「音八パイセンのことー?」 「そう、あの人、なんか怖いよね」  この間、ちるちるといっくん、おうちゃんが三人で遊びに来てくれた時、音八先輩は相変わらずやる気なさげな顔をして受付に立っていた。そのたった一回でおうちゃんに『怖い』と言わしめる音八先輩、逆にすげぇ。 「意外と悪い人じゃないんだよ、あー見えて」  良い人とは言い切れないけど。  心の中で呟いてへらりと笑うと、エレベーターのドアが開いた。ふわり、五月のさわやかな風が頬を撫でる。ふわふわとピンクの髪が揺らぎ、大きく伸びをした。  やっぱり屋上はいいなぁ。四信先輩と出会った思い出の場所だからこそ、よけいに好きだ。 「ちるちるー、いっくーん! お待たせ!」  ぶんぶん大きく手を振り、大きな声で名前を呼ぶといっくんが先に振り返った。  相変わらず品の良い顔だ、黒い前髪と眼鏡で顔の大半を隠してしまっているのに、ちっとも汚らしくならないのは、いっくんが持つ気品ゆえだろう。模範的な優等生でありながら、どこかミステリアスで色気がある。いっくんは、おうちゃんやちるちるとはまた違った美しさを誇っている。 「別に待ってないけどね」  さらりといっくんが言う。普段は完璧な優等生なのに、心を開いた人に対しては口が悪い。これも愛ゆえだ。たぶん。きっと。 「そうだな、七緒と旺二郎があまりに遅いからもう食べ終わったぞ」 「うわー二人ともドイヒーだわー、でも屋上に立ってる二人が絵になりすぎるから許せちゃう俺がいる」 「確かにみっちーといっちゃん、絵になる。絵になりすぎて書ける気がしない」  二人並んで屋上のフェンスに寄りかかっている姿は、おうちゃんの言うとおり絵になっている。絵になりすぎて書ける気がしない、それって最高の褒め言葉だ。 「俺様が美しいのは今に始まったことではない」 「出会った時より増してるもんね、三千留の美貌は」 「それは五喜にも言えることだぞ――俺様にとって民は みな美しいがな。旺二郎も、七緒も、昨日より今日のほうが美しい」  どう考えても一番美しいのはちるちるだけどね。  青い瞳とばっちり目が合い、へらりと笑う。ちるちるは俺に向かって美しく微笑む。 「特に七緒はバイトを始めてから美しくなったぞ」 「マジ? 毎日へとへとよれよれでブスになってるかと思ったのに」 「ブスなわけがないだろう。一生懸命働く者の背中は美しいぞ。せいぜい励めよ」  音八先輩は仕事しないで、セックスに励んでいるんですけど。そこんとこちるちるは知ってるの。  聞いてしまいたくなるけれどぐっと堪え、ちるちるに向かって飛びついた。よれっとよろけそうになるちるちるの背中に腕を回して勢いを殺すと、ちるちるは照れくさげに微笑む。 「めっっちゃ励みまーす! だから、ちるちるたちもまた遊びに来て売り上げに貢献してね!」 「七緒がめついね。僕はタンバリンでも叩いておくよ」 「いっちゃん、やる気なさそうにタンバリン叩くよね」 「だってやる気ないからね。僕がタンバリンを必死で叩いたらシュールすぎるでしょ」 「俺様のために本気を出して叩いてもいいんだぞ」  タンバリンを必死に叩くいっくんかぁ、シュールだ。想像しただけで腹を抱えて笑いそう。  おうちゃんと弁当を広げ、四人でわちゃわちゃ騒ぐ。中等部まではちるちるといっくん、俺の三人だった。もちろん楽しい日々だったけれど、おうちゃんが加わった今のほうがもっと楽しい。この日々がずっと続いたらいい。

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