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二本目は淫靡に_05
「おっ、なんだよ年上のオニイサマをガキ扱いかよ」
音八先輩は黒い瞳を丸め、俺のことを見つめてくる。やっぱり怖さよりも、底知れぬ闇を感じる。
俺はこの人になにができるだろう、頭を撫でることくらいしかできそうにない。俺は四信先輩のようにまるごと救えるヒーローではないから、なにも知らない音八先輩のすべてを救えそうにない。
「ガキ扱いつーか、なんつーか、音八パイセンも苦労してんだろーなーと思ったからよしよししてあげよーと思って!」
「苦労なぁ、そんなもんぜんぜんしてねぇけど。俺のこと売れねぇバンドマンだって思ってんの? こちとらインディーズ界隈では名の知れたバンドだよ、なめんな」
だったら、どうしてデビューしないんすか。なんで、こんなところでバイトしてるんですか。なにかわけがあるから、あんたはここにいるんでしょ。
空気が読める俺はその言葉を飲み込んで「今度ライブ招待してくださいよ」と笑っていた。
「ライブなぁ……そのうち呼んでやるよ」
「そのうちってぜったい呼ばないパターン! ねぇ、音八パイセンはなんでボーカルなんすか。楽器はやらないの」
「歌いながら弾くとか器用な真似できっかよ。俺の武器はただひとつ、この声だ」
音八先輩はそう言うと、自分の喉を軽く撫でる。
武器、と言えるものがある音八先輩が眩しい。あまりに眩しくて、目を細めた。
俺にはなんにもない。ひとつでいい、たったひとつでいいから、俺にも武器がほしいと、髪の毛をピンクに染めて、緑のカラコンをつけた。だけど、それはただの武装だ。俺には長所がない。これだと強く胸を張って自慢できるものがなにひとつとしてない。胸を張れるものができたら、ちゃんと四信先輩と向き合えるのだろうか。
「音八パイセンの歌、マジでよかった。いつからやってるんすか、バンドは」
「高一の秋。学園祭で組むつーありがちなやつ。まぁ、学園祭バンドで終わってねぇけど」
「すっげぇ、その頃から同じメンバーなんすか」
「いや、一代目のベースは適当に連れてきたからやっぱ実力的に戦力外でクビにした。二代目のベースはすっげぇ美形な上にすっげぇうまくてな」
「どれくらいの美形なんすか、ちるちるより?」
「白金の坊ちゃんクラス」
ちるちるクラスな美形。ぽんっと頭に浮かんだのは、ちるちるの運転手ちいちゃんこと目黒千昭 くらいだ。
吸血鬼を思わせる白い肌、サラサラ美しいシルバーアッシュの髪に切れ長のルビーの瞳。人間離れした美しい顔立ち、しっかり鍛え上げられた肉体美。運転手という職業より、モデルになったほうがいいのでは? ちいちゃんを見るたびに思う。
ちるちるは中性的で同性受けが抜群だけど、ちいちゃんはただ歩いているだけで女性が必ず振り返る圧倒的な異性受け。だけど、ルビーの瞳にはけっして女性は映らない。ちいちゃんは、ちるちるしか見えていない。そういうところ、同じ片思い中の男として好感を持てる。
「メンバーの写真とかないんすか」
「写真? あー、あるかもな」
音八先輩は煙草を携帯灰皿に入れると、スマホを取り出す。こういう時、スマホを覗くのはルール違反だろうと視線をそらす。
そういえば俺、音八先輩とふつーに話してる。いつもはもっとピリピリして、お互い牽制しあっている感じなのに、ふつーに先輩後輩っぽい。これから少しずつ仲良くなれるかもしれないと考えていると「あったわ」と音八先輩が俺にスマホを向けてきた。
「へぇ、仲良さそ……ちいちゃんじゃん!」
ライブ終わりの居酒屋での打ち上げといったところだろうか。テーブルには酒や煙草、ツマミが並び、音八先輩は相変わらずやる気なさげにビールを飲んでいる。
そのとなりには、黒髪オールバックの三白眼な青年が真顔でカメラを見つめていた。写真からも伝わる迫力。三白眼の青年の向かいに座っている焦げ茶の青年は、誰よりも楽しげに笑って枝豆をつまむ。そして、そのとなりにいたのは、ちるちるの運転手ちいちゃん。ちいちゃんだけは酒を飲んでいないのか、いつもと変わらず白い顔。なんでちいちゃんがここに。
「千昭と知り合いかよ」
「だって、ちるちるの運転手だよ」
「あー、そうだった、こいつ、坊ちゃんの運転手だったわ。まぁ、運転手するより前に千昭は音速エアラインのベースだけどな」
「えーー、知らなかった! ちるちる、一言も言ってない……あ、もしかしてちいちゃん経由でちるちると音八パイセン知り合った系?」
だから、ちるちるも音八先輩を信頼しているのか。ちるちるにとって、ちいちゃんは大切な人だから。俺やいっくんも知らない絆で結ばれていることが、二人の空気から伝わってくる。
音八先輩は俺の言葉に少し黙る。あれ、俺地雷踏んだ? 今の言葉のどこが地雷? わかんねぇ!
なんで黙ってるんすか、と聞く前に音八先輩に肩を掴まれる。ぽふり、あっという間にソファーへと押し倒されていた。おいおい、ちょっと、待って。
「お、おとやパイセン、なにしてんすか」
「いっぱいしゃべって疲れたんだよ。お前のちんぽでやる気注入してくれ」
「いやいやいや、無理です!」
「ちょっと勃ってるくせに」
完全に萎えきっていない昂りを、すりと撫でられる。うぁ、やばい、その触り方、やばいって、なにこの人、テクニシャンすぎじゃない? 変な声でそう。
「今からじゃ最後までヤる時間ねぇし、舐めさせろよ。それで許してやる」
「許すってなにを?! 舐めるってなにを?!」
「全部言わせてぇの? やらしーなぁ、本郷。お前のちんぽ、舐めさせろよ。俺、オトコのちんぽ、すっげぇ好きなんだよ、咥えるだけでイけるから」
音八先輩の言葉が異次元すぎてちょっとなにを言っているのかわからない。
そうこうしているうちに、じーっとファスナーを下げられる。ねぇ、さっきまでふつーに先輩後輩らしく仲良くしてたじゃん、どうしてそれがこうなった。
「安心しろ、天国見せてやるよ」
俺のちんこをうっとり恍惚した表情で撫でて言う台詞じゃないよね。そう思いながらも、音八先輩の表情にうっかり勃起している俺のほうがどうかしている。
音八先輩の薄い舌が俺のものを舐めた瞬間、うわ、マジで天国連れて行かれる、と目をつぶった。
頭の中で、なにも着ていない四信先輩が恥じらいがちに俺のものを咥えている姿が浮かぶ。あ、やば、可愛い。ずくん、音八先輩の口の中で質量が増す。「は、すっかりやる気じゃん」咥えたまま音八先輩が笑うから、うっかり泣きそうになる。俺、なにしてるんだろう、音八先輩の赤い髪をくしゃりと握りしめていた。
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