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三本目は覚悟を_03
「音八おせえよ! あ? てめえ誰だよ!」
「もしや音ちゃんのセフレ? スタジオでするとか勘弁だからねー見せつけたいならハプバー行ってー」
まさか、スタジオに連れて来られるとは思わなかった。俺、完全に部外者なんですけど! どういうことなの? と思いながらも、写真で見た三白眼オールバックの青年と焦げ茶の青年に向かって勢いよく頭を下げる。
「俺、音八パイセンのバイト先の後輩で、本郷七緒って言います! いきなり来てサーセン! ちいちゃん、あー、千昭さんを外で見かけて、抜け殻みたいな千昭さんをどうにかしたいなーってうっかり音八パイセンに漏らしたら、ここに連れて来られました! どーいうことなんすか、音八パイセンー説明してくださいよぉ」
哀れな後輩感を出しつつ、音八先輩の腕にまとわりつく。音八先輩は「お前汚ねぇぞ、俺に罪をなすりつけやがって」と舌打ちする。なんのことですかぁ? となにも知らない後輩らしく、きょとんとしてみせた。
「こっちはギターの大塚隼人 で、こっちはドラムの代々木空 だ。こいつはさっき自分で説明したとおり、俺の後輩で白金の坊ちゃんの幼なじみ」
三白眼オールバックもとい隼人さんがギター、焦げ茶の青年もとい空さんがドラム。こうやって見るとビジュアル的にもバランスがとれていて、女の子に人気がありそうなバンドだ――なんてのんきに思っていたら、音八先輩が白金の坊ちゃんの幼なじみと説明したことに驚く。どうしてここでちるちるの名前がでてくるの。
「えっ、三千留さんの幼なじみかよ! まさか第二のパトロン候補か、七緒さんって呼ばなきゃだめなやつか」
隼人さんは急に背筋を正して、俺のほうへ向き直る。
パトロン? なにそれ? ちるちるがパトロン?
よく意味がわからず、音八先輩を見つめる。音八先輩はゆるく首を振り、俺の肩に腕を回した。
「ちげぇよ、こいつは白金レベルの金持ちじゃねぇし」
「なんだよ、じゃあ七緒でいいわ」
あからさまにガッカリされた感。なんかサーセンと隼人さんに心の中で謝ると、ぽんぽんと頭を撫でられる。空さんが満面の笑みを浮かべて俺の頭を撫でてくれていたのだ。優しさがちょう沁みる。
「ナナちゃんよろー。いつも音ちゃんに振り回されて疲れるだろ? ごめんねー、この子根はいい子なんだけどなー、こっちのハヤちゃんも口悪いけどちょー真面目でいい子だから仲良くしてな!」
ちょーいい子、つーかいい人は空さんでしょ。みんなのフォローして、俺のことまで気遣ってくれている。
「そんで、音八はなんで七緒を連れて来たんだよ」
「ハヤちゃーん、話聞いてたー? ちいちゃんが抜け殻みたいだから、なんとかしたい! ってナナちゃんは来てくれたんだろ。で、音ちゃんは本気になる覚悟、決めたんだよな」
にこにこ笑っていた空さんが、急に真面目なトーンで音八先輩を見つめる。きっとこの場にいて、わかっていないのは俺だけ。隼人さんも息を飲んで、音八先輩をただただ真剣に見つめている。音速エアラインのメンバーだからこそわかる空気。いつもならこういう時居心地が悪いと思うはずなのに、どうしてだろう、ものすごく高揚している。この場に立ち会えていることが、このうえない幸せに思える。
「おう。久しぶりに本気になってやろうじゃん」
バシッと音八先輩は俺の背中を叩く。わりと本気なやつ!
「ねぇ、俺ここにいていいんすか」
「は? 本郷が言い出したことだろ、ちゃんと見守れや――ハヤト、ソラ。抜け殻な千昭を奮い立たせて、スペシャルライブを開くぜ。客は坊ちゃんとあの女、二人だけだ」
あの女――そう口にしただけで、隼人さんも空さんもわかった顔をしている。練習が終わるとちいちゃんと一緒にどこかへ行くと言っていたから、二人も顔を合わせたことがあるのだろう。
俺もそのライブに行きたいと言いたくなったけれど、言えなかった。ちいちゃんとちるちる、ブリュネットの美女。その三角関係に俺はまったくもって関与していないのだから。
「で、本郷は俺たちのサポートしろ。油断すると俺と千昭はすーぐ腑抜けるから、気合い入れてくれよ」
俺のことを見透かしたように、音八先輩に思いきり顔を覗き込まれる。
びっくりした。まったくちるちるに似ていないのに、音八先輩の瞳がちるちるに重なった。あの美しい青い瞳で見つめられた時と同じ気分になる。
「サポートってなにすればいいわけ、俺音楽は流行りのもんばっかり聞くにわかなんだけど大丈夫っすか。俺ただの素人っすよ」
本当は心底嬉しい。俺も音速エアラインに関わっていいんだと嬉しいけれど、俺にはサポートできるほどの実力がない。歌やダンスはもちろん好きだ。合コンで盛り上げられるだけのそれなりの歌唱力とダンスはできる。だけど、それだけだ。プロになれるほどの実力者たちにアドバイスができるわけがない。
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