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三本目は覚悟を_04

「七緒、なんにもわかってねえな。音楽に素人も玄人もあるかよ。俺たちの曲聞いて魂が震えるか、震えねえか、それだけでいいんだよ」  隼人さんが俺の肩を叩く。ああ、この人の手はギタリストの手だ。指先が硬い。毎日ギターと真摯に、本気で向き合っている証拠。なにひとつ本気で向き合っていない俺とは正反対の手。あまりに格好良い。 「おっ、ハヤちゃんかっこよー」 「ふぅー、ハヤトさすがリーダー」 「こーいう時だけリーダーって呼ぶな!」  隼人さんを茶化す音八先輩と空さんに乗っかるように「マジで隼人さんかっこよー! シビれる!」と笑うと、眉根を寄せた隼人さんに髪をぐしゃぐしゃ掻き乱された。 「遅れてごめんね――あれ、ナナ? どうしてここにナナがいるの」  スタジオの扉が開き、入って来たのはベースを背負ったちいちゃん。笑顔を作っているけれど、やはりその表情はどこか暗い。他人なら気づかない変化かもしれないけれど、音速エアラインのメンバーはきっと気づいている。  ズカズカ、音八先輩が大股でちいちゃんに歩み寄る。ちいちゃんはルビーの瞳を丸め「どうしたのオトヤ」と首を傾げた。  まさか、殴ったりしないよね。大丈夫だよね、ちいちゃんの綺麗な顔殴るのだけはやめてよね、一人でハラハラして、二人を見つめる。  音八先輩は細い腕でちいちゃんの胸ぐらを掴む。だけど、殴ったりはしない。じっと見つめ合い、音八先輩が息を吸う音が部屋に響いた。 「ライブするぞ。あの女とケリをつけるためのライブだ。ようするに千昭のためにライブをする」  ちいちゃんのルビーの瞳がぐらりと揺らいで、ゆっくり音八先輩を見つめる。それから隼人さん、空さん、俺のことも映してくれた。だから、せいいっぱい笑う。俺はちいちゃんの味方だからと微笑む。 「あの女といるのだって、どうせ坊ちゃんに関係あるんだろ? だったら逃げねぇで真っ向から立ち向かえよ。今のお前は根本的な問題から逃げているようにしか見えねぇぞ。サイコーのライブをしてあの女に見せてやろうぜ、お前の気持ちを」  ドンッと音八先輩はちいちゃんの胸を小突いた。  なんだこの人。俺が知っている音八先輩じゃない。ちょうかっこよと言いたくなるほど、格好良い。  ちいちゃんは大きな手で自分の顔を覆い隠す。「まいったなぁ」小さくもらして、鼻をすする音がした。 「……ミチルを守る方法はこれしかないと思っていたんだけど、そうだね、俺は逃げていただけだ――真っ向から立ち向かうよ。最高のライブをしよう」  ちいちゃんの腕が音八先輩の背中に回り、二人は抱擁を交わした。  あ、なんだろう、泣けてきた。ダサいから泣かないけど、ぐっとくる。音速エアラインには俺の知らない紆余曲折がたくさんあって、ようやくここまできたのだろう。隼人さんも鼻をすすり、空さんが頭を撫でていた。  この四人をずっと見守りたいと心底思ってしまった。曲を聞く前にファンになっちゃうなんて、恐ろしいバンドだよ音速エアライン。 「ねぇ、ひとつだけお願いがあるんだけど、聞いてくれるかな」  ちいちゃんはすっかりいつもの調子で微笑む。「一個でも二個でも聞いてやろうじゃん」空さんが笑うと、ますますちいちゃんは笑った。 「俺のためのライブでしょ。だから、俺に歌わせてほしい。俺の王様に捧げる歌を作って、歌いたい。俺のかわりに大事なベースをオトヤに預ける」 「は? 無理。俺楽器弾けねぇんだけど」 「それサイコーじゃん! ミチちゃんに捧ぐ歌ならちいちゃんが歌うべきっしょ」 「それ一理あるわ。つーわけで音八、てめえはベース練習しろ」  むりむりむり、音八先輩がぶんぶん手を振るけれど、隼人さんと空さんはすっかり乗り気。  こういう時こそ俺の出番な気がする。音八先輩のとなりに立ち、ぽんっと肩を叩く。 「ちいちゃんが歌って、音八パイセンが弾いたほうが確実にちるちると美女の魂を震わせることができると思うけどなー。音八パイセン、ベースから逃げちゃうんすか? 俺に覚悟見せてよ」  にっこり微笑んで、音八先輩を覗き込む。音八先輩は眉根を寄せながらも、口角を上げる。怒っているのか、楽しいのか、さっぱりわからないな、この人! 「はっ、逃げっぱなしの本郷に言われるとか終わってんなぁ。見せてやるよ俺の覚悟」 「音ちゃんをそっこーその気にさせるとかナナちゃん有能ー! マネージャーとか向いてそー!」 「ナナは空気を読むのも上手だし、気遣い上手だし、めんどくさいオトヤの扱いもパーフェクトだね。これからも音速エアラインとオトヤをよろしくね」 「おい千昭、なに勝手によろしくしてんだよ」 「よかったじゃねえか音八。てめえの引き取り先が見つかってよ」 「ハヤトまでうるせえ!」  俺の前だとひょうひょうとしているくせに、なんだこの人、こんなに子どもっぽいのかと笑ってしまう。口では怒っていても、心底楽しそうだ。きっと音八先輩の唯一無二の居場所、それが音速エアライン。 「俺でよかったらよろしくしてあげますよ、音八パーイセン!」  語尾にハートマークをつけ、ウィンクをする。音八先輩は「おえっ」と吐く真似をするから、みんなでますます笑っていた。

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