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四本目は救いを_02

「あゆさんがおうちゃんに絡んでる。いやー、あの二人もまったく合わなそーだよね」  あゆさんとおうちゃんは同じ組で走るのか、なにやら話している。というより、あゆさんが一方的におうちゃんに絡んでいる。おうちゃんはあからさまに嫌そうな顔をしている。押しにはものすごく弱いけれど、嫌なことは嫌だと思いきり顔に出せるおうちゃんが少し羨ましい。 「旺二郎は警戒心強いからね。歩六さんみたいなオラオラ系は特に苦手でしょ。あっちでは三千留と四信さんが話してるよ、なんの話するんだろうね」 「わかんないけど絵になるなぁ、二人が並んでるとちょー癒される。ちゃんしーパイセンはひまわりで、ちるちるは薔薇って感じ」  四信先輩とちるちるが並ぶと、まさにお花畑。俺が四信先輩を好きだから可愛く見えるのだろうけれど、あの笑顔はひまわり級だ。 「それはわかる。一志さんもいたら最高。僕的に一志さんは百合だな」 「わかりみだわー、お上品なエロさでてるもんねカズちゃん」 「僕の一志さんにエロさ感じるの禁止」 「まだいっくんのカズちゃんじゃないでしょー」  二人で馬鹿な話をしているうちに、おうちゃんとあゆさんの番が回ってきた。  足の速さで言えばどう考えてもあゆさんが一番になるだろうけれど、借り物競走はそうもいかない。おうちゃん、頑張れ。自信のないおうちゃんが、少しでも自信がつきますように。  パァン! スターターピストルが鳴り、いっせいに駆け出す。やっぱりスピードではあゆさんがぶっちぎり。あっという間にお題の元まで着いて、ものすごく渋い顔をしている。 「あゆさん、ちょー渋い顔してるね」 「百花の借り物競走って意味わからないお題だらけだもんね。旺二郎も困った顔してるよ」  続いてお題に辿り着いたのは、おうちゃん。「えっ」おうちゃんの口がそう動いたのがよくわかる。百花の借り物競走はなめてかかると泣きをみると言われているほど、鬼畜なお題ばかり。  女の子たちは「渋谷先輩に借りられたい」「それな」「わたしは神谷くん希望」「国宝級すぎて直視できないから無理」「それなーー」わいわいおうちゃんたちに熱視線。ほんとおうちゃん国宝級イケメンだよね、わかるわーと心の中で頷いた。 「中等部もお題ヤバかったけど、高等部はもっとグレードアップしてんのかなー。ちょっとでたかったなー」 「僕はぜったいにでたくない。借り物競走って優等生らしくないしね」 「さすがいっくん優等生の鑑――あ」  ようやく決心したのか、おうちゃんがスタート地点のほうへ逆走する。観客席にいる生徒よりも、借り物競走に出場する生徒たちを借りたほうが効率的だと察したのだろう。おうちゃんはどんなお題だったのだろうか、ゆっくり視線を追って止まった先は四信先輩。  屈伸している四信先輩になにやら話しかけているおうちゃん。ついこの間までは、おうちゃんにとって四信先輩は避けてとおりたい人だったのに。おうちゃん、成長したんだな、と思う前にズキズキ胸が苦しい。  あれ、どうして。どうして、こんなに苦しいの。おうちゃんは、四信先輩をそういう目で見ているわけじゃないのに、どうして、ざわざわ胸が騒ぐんだ。 「旺二郎、四信先輩にも心の扉を開きそうだね」  いっくんの言葉にはっとして「俺のちゃんしーパイセンは最強だから!」不自然なほど笑ってしまう。きっと、いっくんに変に思われただろう。だけど、いっくんはなにも言わないでくれる。その優しさが、いっそ痛い。七緒の四信さんじゃないでしょ、と笑ってくれたほうがよかった。 「うわー、おうちゃん、ちゃんしーパイセンの手掴んでんじゃーん。ずるいわー絵になるわー俺じゃあんな風にならないもん」  おうちゃんが、四信先輩の腕を掴んでゴールへ向かって走りだした。四信先輩はひたすら楽しそうで、おうちゃんももう四信先輩が苦手だった頃のおうちゃんじゃない。俺の知らない間に、二人の距離がぐっと縮まっていることが悲しくて、怖い。 「そうやって笑ってごまかすの楽しいか? うかうかしてたら、とられちまうぜ。あいつ、すっげーいいオトコじゃん。モテるだろ。オンナにも、オトコにも」  初めて会った日、音八先輩に言われた言葉がぐるぐると巡る。どうして、今その言葉を思い出すのだろう。おうちゃんが、四信先輩の手を掴んでどこかへ行ってしまいそうに見えたから? まさか、そんなことないよね。大丈夫、うん、大丈夫だ。  ぼうっとしている俺を現実に戻すような歓声。目を見開くと、あゆさんがちるちるをお姫様抱っこしておうちゃんたちを追いかけていた。 「えっ、あゆさんなにしてんの! 絵になりすぎでしょテンションぶち上がる!」  わざとらしいほどテンションを上げ、アリーナへスマホをかざす。俺以外にも、女の子たちはきゃあきゃあと騒いで二人を激写し、動画に収めている。この会場にいてうんざりしているのは、いっくんくらいだろう。 「僕はぶち上がらないけど――歩六さんにしては、丁寧に三千留のこと抱えてるね」  写真を撮りながら、お姫様抱っこをして爆走するあゆさんを見つめる。本能の男あゆさんならちるちるのことを考えずにひたすら走りそうだ。だけど、今俺たちの目の前で走っているあゆさんは、ちるちるを大事そうに抱えている。さながらお姫様を守る勇者。 「言われてみればそーかも」 「ふぅん。あの人、女好きクズノンケ野郎だと思っていたけど少しは見直してあげようかな」 「女好きクズノンケ野郎を見直したらなにになるの」 「女好きクズ野郎かな」 「ノンケがとれただけ! むしろ悪化!」  よかった、いっくんのおかげでもやもやが吹き飛んだ。うん、やっぱり俺は大丈夫だと笑い、ゴールテープを切るおうちゃんと四信先輩からそっと目をそらした。

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