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四本目は救いを_03
「ちるちる、おうちゃん一位おめ!」
観客席まで戻ってきたちるちるとおうちゃんに拍手を送る。ちるちるは「俺様に一位以外ありえないからな」自信満々に微笑み、おうちゃんは「初めてゴールテープ切った気がする」どこか嬉しそうだ。
ちるちるは四信先輩と一緒の組だったけど、あゆさんの手を引いて圧倒的一位でゴールをした。
「三千留は自分が走る時より歩六さんの時のほうが目立ってたけどね」
「あれの前だと全部霞むねー! あゆさんのお題ってなんだったの?」
「ああ――秘密だ。聞きたいなら本人に聞け」
ちるちるは軽く噴き出すだけで、お題内容を教えてくれない。気になりすぎるとちるちるにじゃれついても、ちるちるは笑うだけ。あとでリレーの時にあゆさんに聞こう。
「それより旺二郎のお題のほうが気になるが」
「僕も気になる。苦手だった四信さんの手を引いて走るなんてどういった心境の変化なの」
ちるちるといっくん、意地悪だ。俺がぜったい聞かないことをわかっていて、おうちゃんに聞くんだから。
ちるちるといっくんをじっと睨むと、二人は静かに微笑む。やっぱり意地悪だ!
「……上野四信には、言わないでほしいんだけど」
ぼそぼそ、おうちゃんは小さな声で呟く。たったそれだけでぎゅっと心臓が握りつぶされる。耳を塞いでしまいたくなるけれど、そんなそぶりを見せたらいけない。必死に笑顔を作り「あったりまえじゃん! 俺たちの秘密!」とびきり高い声をだした。
「……仲良くしたい先輩、ってお題だった」
仲良くしたい先輩――なぁんだ、可愛いお題じゃんと安堵できなかった。おうちゃんと四信先輩、大好きな二人だから仲良くしてほしいと心から思っていたはずなのに。俺を差し置いて二人が距離を縮めることが苦しい。俺、完全に子どもじゃん。
なにか言わなくちゃ、笑わなくちゃ、おうちゃん頑張ったねと頭を撫でてあげなくちゃ。だけど、なにひとつできそうにない。あまりに痛い胸を抑えつけ、俯くことでしか自分を保てそうにない。
「そのお題で上野の元へ行くとは意外だな」
「僕たちの知らないところで旺二郎が成長してたんだね、寂しいような嬉しいような」
「ほんとは、てきとうな先輩連れていけばいいと思ったんだけど……みっちーが石ころなりにあがけって言ってくれたから、お題と本気で向き合おうと思って」
本気で向き合った結果、おうちゃんは四信先輩の元へ走った。俺とは大違いだ。四信先輩が好きで、好きで、好きでたまらないのに、関係を壊したくないから、へらへら笑ってとなりにいる。
おうちゃんはなんて格好良いのだろう。おうちゃんが本気で四信先輩と向き合ってしまったら、俺はきっと手も足もでない。あっという間におうちゃんは、四信先輩の手を引いてゴールテープを切ってしまう。俺は二人の背中を見つめることしかできそうにない。
「旺二郎、お前は本当に可愛いな」
「石ころとかさっぱり意味がわからないけど、旺二郎一マス進んだね」
「一マスどころか六マス進んだ気がするぞ」
「ふりだしに戻らないように気をつけてね」
石ころなりにってどういうことー? おうちゃんならふりだしに戻っても大丈夫だよ!
普段の俺ならそう茶化せた。だけど、今はその気力がない。おうちゃんに優しく微笑むちるちるといっくんを見ていることしかできなかった。
「七緒、お前は上野に対してサイコロをふらなくていいのか?」
ちるちるがそうっと俺だけに聞こえるように耳元で囁く。びくりと肩が跳ねてしまうけれど、どうにか笑顔だけは保とうとする。
「チャンスは誰にでも平等にやってくるものではないぞ、七緒が躊躇っているうちに旺二郎はあっという間にその前髪を掴んでしまうかもしれない。旺二郎は石ころだが、磨けば光る石ころだ。ぼやぼやしていると旺二郎はダイヤモンドになってしまうぞ」
ダイヤモンドになったおうちゃんには、誰も敵わない。自覚のない今でさえあれほど光り輝いている。自覚してしまえば、四信先輩すらも凌駕する輝きを放ってしまう。そんなことわかっている、と拳を握る――嘘だ、なんにもわかっていない。わかっていないから、俺はへらへら笑って足踏み状態でいるのだ。
「お前は本当に優しい男だ。あらゆる人間を、音八でさえ救えるが、肝心の自分自身を救わないでどうする。自分の痛みに寄り添わないでどうする……俺は、七緒にただ幸せになってほしいんだ」
はっとして、ちるちるの顔を見つめる。今にも泣きそうな顔をしているのに、ちるちるは泣かない。「王になる男が泣いてはいけません」お姉さんに言われて育ってきたちるちるは、どんな時でも泣くものかと堪える。だけど本当は泣き虫だってことを、俺は知っている。優しくて、人の痛みに寄り添えるのは、ちるちるだってことを知っている。俺は、大好きなちるちるになんて顔をさせてしまっているのだろうと泣きたくなった。
「……ちるちる、ごめん、俺のためにそんな顔しないでよ、笑ってよ」
ガバッとちるちるを抱きしめ、ぽんぽんと背中を撫でる。「俺様は泣いていない。泣いているのはお前だろう」涙声のちるちるに図星を突かれ、どうしてだか笑いそうになった。
そうだね、心の中で泣いているのは俺だ。ちるちるにはなんでもお見通しだね。
ちるちるのおかげて自然と笑みがこぼれ「もー、ちるちる愛してるよ!」いつもの俺をだすことができた。
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