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五本目は痛みを
六月末、どしゃ降り。音速エアラインによるスペシャルライブが行われる日。
バイトは入っていなかったけれど、あゆさんに誘われバイト先のカラオケで合コンすることになった。俺、おうちゃん、四信先輩、あゆさんの四人。この合コンが終わる頃には、ライブが始まるのだろう。どうか、音八先輩たちの思いがちるちるとカルメンさんに通じますように心の中で祈りながら、いつもどおりへらへらして女子大生が来るのを待つ。
「あー……合コン始まってねえけどすでに燃え尽きた感あるわ!」
ドカッとさんざん歌い倒したあゆさんはソファーに倒れ込む。
口では合コンしたいと言っているけれど、なんとなくあゆさんの本音は違うように思えた。俺の気のせいかもしれないけれど、体育祭――ちるちるをお姫様抱っこして駆け抜けたあの日から、あゆさんはあきらかにちるちるを意識している。
「なあ本郷」
「どーしたのあゆさん」
おうちゃんと四信先輩はジュースを取りに行って、この部屋は俺とあゆさんの二人きり。その二人きりのタイミングを狙っていたのか、あゆさんはどこか真剣な目をして俺を見つめてくる。
「白金って、マジで男なの」
「……ちょっとなに言ってるかわかんないっす!」
大真面目な顔をしてなにを言うかと思ったら。今ジュースを飲んでいたら盛大に噴き出していただろう。
ちるちるは生まれてからずっと男の子だ。それはよく知っている。確かに小さい頃はちるちるのお母さんやお姉さんに言われ、髪を伸ばされていたせいで美少女扱いされていたけれど、それでもちゃんと男の子だ。
「貧乳の女とかそういうオチはねえの」
「ないっすね! 俺、この目で見てますから」
「は?! うらや……ましくねえわ、なに言ってんだ俺マジでねーわ」
ガタッ! あゆさんは一瞬前のめりになり、すぐにはっとしたようにソファーの背もたれにもたれかかる。
うらやましい。あゆさんは確かにそう言った。なるほど、あゆさんは自覚をしていないけれど、ちるちるを好きになっているようだ。俺たちの知らないところで、二人はいつのまにか距離を詰めていた――まるで、おうちゃんと四信先輩みたいに。
「あゆさんって、今まで本気になったことあります?」
「ん? バスケとかそーいうこと?」
「いや、恋愛に」
「ねーよ。恋愛するぐれーならバスケしてー……のに、あー、クソ、もやもやする。意味わかんねーもやもや吹き飛ばすためには合コンしかねーと思ったのに。余計にもやもやするわ。巨乳を前にしたら無条件でテンションぶち上がると思うけどよ」
あゆさんはもやもやの正体がわからないとばかりに、ふわふわの銀髪をぐしゃぐしゃ掻き乱した。
ちるちるのことが気になってしょうがないくせに、そのもやもやの意味がわからないから合コンして吹き飛ばすなんて、あゆさん可愛すぎないか?
全面的にちいちゃんの味方でいたいのに、二人とも応援したくなってしまう。ちいちゃんも、あゆさんも、不器用で愛すべき男たちだから。
「とりま、そのもやもや、俺が吹き飛ばしてあげますよ!」
「本郷じゃなくておっぱいに吹き飛ばしてもらいてえわーまあいいか! とりま歌って飲んで騒ぐ!」
「その言い方アルコール飲みそーな勢いっすね!」
「誰が飲むかよ! スポーツ選手にアルコールは不要! 煙草もやらねー!」
「あゆさん意外と真面目ー!」
ぜったい酒も煙草も大好きなタイプだと思ったのに、意外すぎる。音八先輩は「酒も煙草もオトコもオンナも大好きだぜ」けろっと言うタイプだ。オトコは置いといて、俺がイメージするバンドマンらしい回答。
その根本はいっしょう変わらないのだろうけど、デビューしたらさすがにオトコとオンナを控えるかもしれない。そもそも音速エアラインがデビューをしたら、俺と音八先輩の繋がりってなんだ。敏腕ジャーマネはただの自称で、ただのファンでしかない。ああ、なんか、寂しい。出会ったばかりの頃だったらせいせいしたはずなのに。俺にとって音八先輩はいつの間にか当たり前の存在になっていた。
「あゆくんお待たせー! あれ、二人しかいないのー? ドタキャン的な?」
「ちげーよ! あとの二人はドリンクバー行ってる! 先に始めよーぜ!」
部屋の扉が開いてはっとする。センチなモードになってしまった、いけない。お姉さま方に満面の笑みを浮かべ「ドーモ! 本郷七緒でーす!」と高めの声で挨拶。モデルみたいに綺麗な人ばかり。しかも圧倒的な金髪率。もしかして、あゆさんは金髪フェチ?
「なっちゃんカワイイー! いくつ?」
「高一でーす、俺よりお姉さんのほうが美人だよ」
となりに座ってきた金髪女子大生の髪を撫でて、にっこり微笑む。たったそれだけのことで、白い頬が赤く染まる姿は可愛い。だけど、やっぱり心には響かない。
こんなに可愛い女の子にときめかないとか俺終わってる。四信先輩の笑顔だとか、音八先輩の歌のほうがときめく――ん? なんで、音八先輩が今頭に浮かんだ? ないない、ありえない。首をぶんぶん横に振り、デンモクを思いきり掴んで「ねぇねぇ、俺と一緒にアナ雪の『とびら開けて』歌いません?」と笑いかけていた。
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