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五本目は痛みを_03
「ほーんとくそダサですよね。大好きな二人が仲良くしてくれて嬉しい! って思えないレベルで二人が仲良くなりつつある現実を俺は受け入れられないなんて」
盛大にため息を吐く。いつか、四信先輩が言っていた。「ため息吐くと緊張がほぐれたり、リラックスしたりするらしいぜ!」だから、ため息を吐くこと自体はちっとも悪いことではない。
音八先輩の手をぎゅうぎゅう握りしめる。最初は音八先輩の緊張を解してあげようと思ったのにおかしいなぁ、俺が解してもらっているような気がする。
「くそだせぇ自覚あるなら、あとは変わるだけだろ」
「変わらなきゃー口で言うのは簡単なんだー、でしょ。なかなか変われないっすよ」
「お前マジで『あるオトコのウタ』好きだな」
「いつかアンサーソング作ってくださいよ、あのオトコが無事に変わった姿を見たら俺頑張れる気がする」
あるオトコは、けっきょく変われていない。一歩踏み出そうとしている、ところで終わる。あるオトコが変われたら、俺も変われそうな気がする――虫がいい話だと音八先輩に笑われそうだ。
「アンサーソングなぁ――考えといてやるよ。だからてめぇはてめぇの戦いに戻りやがれ。痛くても、つらくても、てめぇの現実から目をそらすんじゃねぇよ」
音八先輩に肩をドンッと叩かれる。
痛くても、つらくても、目をそらすな、か。音八先輩って可愛い後輩を崖から突き落とすタイプだろうか。ドイヒーだわ、マジで。でも、俄然やる気でた。涙が出そうになったら、感動バラード歌って感極まった感じだしていこう。俺、そーいうのちょう得意。
すぅー、はぁー、すぅー、はぁー。深呼吸を繰り返して、音八先輩の肩を叩き返した。
「マジで楽しみにしてますから。だからあんたも精一杯戦ってきてください。ちるちるとカルメンさんに俺の思いも届けてよ――カルメンさんが、ちるちるになにかしそうになったら守ってね」
歯を食いしばって笑顔を作う。
俺の歯を食いしばってでも笑うとこ、音八先輩は好きなんでしょ? そうアピールするように思いきり音八先輩を見つめると、音八先輩は声を上げて笑った。
音八先輩の答えを聞かず、トイレから出る。
さぁ、戦いに戻るとしますか。軽く頬を叩いて、大きく一歩踏み出した。
やっと地獄から解放された。二次会が終わった瞬間、大きく伸びをしてしまうほどに疲れた。どしゃ降りだった雨は止み、あちこちに水たまりができていた。
カラオケでの一次会が終わると、四信先輩とおうちゃんはあっという間に帰って行った。俺も四信先輩のとなりにいたかったけれど、この場をこれ以上盛り下げるわけにもいかないとあゆさんと一緒に二次会へ。お姉さま方は「パンケーキが食べたぁい」とカラオケの前にあるカフェをご所望。二次会にカフェってありかよと笑いながら、パンケーキの写真を撮りインスタに投稿。
やっぱりカフェという場所のせいか、盛り上がりには欠けて二次会で解散になった。
あゆさんとカフェを出ると、すっかり夜が更けている。もうライブはとっくに始まっているだろう。どうかちぃちゃんの歌声が、音八先輩たちの頑張りが届きますようにとライブハウスの方向に視線をやる。
「あー! もやもや晴れねー!」
その瞬間、あゆさんが大きな声で叫ぶからくたびれたリーマンたちが思いきり振り返った。「あっ、サーセン!」へらへら笑って頭を下げながらも、あゆさんの言葉に同意するように「それな! ぜーんぜんもやもや飛びませんね!」と大きく頷いた。
「……俺、おっぱいでもう勃たねえのかも」
「え? どーいうことっすか」
あゆさんは至極真面目に呟く。
おっぱいで勃起しないってどういうこと? お尻派になったとか? くびれ派だとか?
「金髪巨乳ならイケると思ったのに、ぜんぜん反応しねーんだよ俺の息子が! おっぱいデカけりゃブスでもイけるこの俺が! なあ、本郷はどんな女に反応すんの」
「俺はー……黒髪ショート派っす!」
女の子じゃなくて、男の子だし四信先輩だけど、それは伏せておこう。
思いきり笑顔で言うと「黒髪ショート? ねーわ! 一番ねーわ! ぜってー金髪ロングだろ!」とばっさりあゆさんに切り捨てられた。
金髪ロングかぁ、まるっきり昔のちるちるだ。「俺様が誘拐されるのは、この髪のせいだ」六歳になった日、ちるちるは長かった髪を切った。長かった頃よりも変態がちるちるに群がるようになった気がするけれど、ちるちるは多分気がついていない。
「なあ、本郷」
「なんすかあゆさん」
「お前、男で抜いたことある?」
「……えっ?!」
ありますけど。ありますけど!
あの女好きあゆさんにそんなことを聞かれると思わなかったから、ついあゆさんを二度見してしまった。あゆさん自身も戸惑っているのだろう、ちるちるを確実に意識してしまっている自分を。それなら俺は、真剣に真摯に答えるべきだ。この痛みを、つらさを、いつもみたいに誤魔化すことなく伝えるべきだ。
「……ありますよ、何度も」
「マッジで?!」
あゆさんは前のめりになる。ここがカフェの前、公衆の面前ということも忘れて、あゆさんは俺にぐいぐい詰め寄ってくる。あゆさんの目から見たら俺も『女の子好きチャラ男』なのかもしれない。だから、心から驚いているのだろう。
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