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五本目は痛みを_04

「俺、ずーっと好きな人がいるんすよ。中一から片思いしてて。その人で抜いてます。誰の目から見ても男前な人なんすけど、俺には世界で一番可愛く見える。その間にもいろんな女の子とつき合ったし、もちろんすることもしたけど、心から好きなのはその男の人だけっす。まぁ、その人はぜったーい俺のこと好きになるとは思えないから、可愛い後輩のふりをして接してるんすけどね」  ここまで話してしまったら、ノンケのあゆさんに引かれそうだ。だけど、一度こぼれ始めたら止められなかった。止めたくても、あふれてしまう。 「女の子を好きになるのも、男を好きになるのも、あんま変わんないっすよ。周りの目はあれかもしんないっすけど、ただ一人の人間を好きになったってだけ。だから、女の子で抜こうと、男で抜こうと、どうだっていいんじゃないっすかね」  へらりと顔だけはいつものように笑っていると、あゆさんの腕が背中に強く回る。  えっ、なに、どーしたんすかあゆさん。感極まった系っすかー?  からかって笑ってやろうと思ったのに、ちっとも笑えなかった。あゆさんの腕が痛いほど俺を抱きしめ、だけどどこまでも優しいから泣きそうになる。 「俺、むずかしーことよくわかんねーわ。だけど、本郷の片思いがすっげーー純粋なものだってことはわかる。俺、片思いとか、そもそも恋愛とか、真面目にしたことねーからさ、お前になにも言う資格とかねーんだけど……俺は負けるの大っ嫌いで、どんな勝負だって負けたくねえ。だから、はなから負ける気でいる本郷が意味わかんねーわ。お前、負ける気で戦うなよ、死ぬ気でいけよ」  あー……、この人も、あゆさんもまた、俺が突かれたくないところをぐりぐり抉ってくる。  音八先輩は自覚して抉ってるけれど、あゆさんはきっと無自覚。だからこそよけいに痛い。痛くて、つらくて、だけどやっぱり優しい。  ちるちるはあゆさんを「俺様の青い鳥」だと言っていた。昔、誘拐されかけたちるちるをあゆさんに助けられたのだと。きっとそれも無意識、咄嗟の判断であゆさんはちるちるを助けた。見返りを求めているわけではなくて、体が勝手に動いた。あゆさんはそういう男なのだ、昔から。 「……俺、勝てますかね」 「そんなん知るか! 本郷の戦いだろ!」 「えーあゆさんドイヒーっすね!」  二人で顔を見合わせ、げらげらと笑った。  さっきまで泣きそうだったはずなのに、これもまたあゆさんのなせる技だろう。  あゆさんがちるちるの青い鳥で初恋なのも、納得だ。ちるちるは一人の男である前に王様だけど、あゆさんはいつだって自分を貫く。自分が持っていないものを持つ人に人間は強烈に惹かれるのだ。 「で、お前の好きなやつって誰なわけ」 「あゆさんには内緒!」 「はー?! 本郷のがドイヒーだわ! あ、俺の知らねーやつ? 可愛い後輩のふりってことは先輩だろ、二年か三年のやつかー……もしかして、俺?!」  あゆさんは「気づかなくて悪かったわ」と大真面目な顔をして言うから、笑いが止まらなくなる。どうしてそうなるのかなー、もう、あゆさん好き! 「違いますよ!」 「それはそれで傷つく! 本郷に振られたわー」 「ふってませんってば! なーんかあゆさんのおかげで元気でました、あざっす!」  ちるちるもきっとあゆさんにたくさん元気をもらっている気がする。一度、「ちるちるってあゆさんのこと好きなの?」と聞いたことがある。その時は「しいて言うならば一人の民として好きだ」と返された。だけど、あゆさんは嵐みたいな男だ。一気にちるちるの心を奪っていくかもしれない。 「元気でたならよかったわ! じゃあ俺は家帰ってオナッて寝るわ!」 「わーあゆさん下品!」 「健全と言え! じゃあ俺帰るわ、また合コン――いや、今度はふつーに遊ぼうぜ。神谷とか、シノブとか、あー……白金も誘って!」  ちるちるの名前を一番最後に呼んだあゆさんは、どこか照れくさげでたまらなく愛おしい。ついでだから感をだしたいのかもしれないけれど、ちっともでていない。むしろ特別感がでてしまっている。あゆさん、かわいいかよ。 「うす、女の子抜きで遊びましょーね! また明日!」  あゆさんの背中が見えなくなるまで思いきり手を振り、よしと頬を叩いた。  舞台袖で見守ることはできないけれど、ライブハウスの外で待つことはできる。もう終わっていたらどうしようと全力でスペシャルライブが行われている『シーサイドナイト』へ向かって大きく一歩駆けだした。  こんなに走ったのってリレー以来かもしれない。そういやあの時も、四信先輩がおうちゃんと仲良くなったことに気がついてショックを受けたっけ。あの時は間接的だったけど、今日は直接的だ。目の前で四信先輩がおうちゃんを助け、フォローしているところを見せつけられた。四信先輩も、おうちゃんも、俺に見せつけているつもりは微塵もないだろうけれど、俺にはそう見えた。二人の世界に俺はどうしたって割り込めないと痛感した。  俺はこれから何度あの痛みを体験するのだろう。どうしたら楽になれるのだろう。死ぬまで楽になれないんじゃないのか、死んでもこの思いを引きずるんじゃないのか。  うじうじぐるぐる考え、首を横に振る。もう考えるのはやめようとひたすらに走った。水たまりを思いきり踏んでスラックスが汚れようと構うものか。今は一刻も早く音速エアラインのメンバーに会いたい。

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