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五本目は痛みを_05

「おっ、やっぱ来たなーナナちゃーん!」 「七緒遅えよ! 音八が待ちくたびれてたわ!」 「は? それはハヤトだろ」  はぁ、はぁ、情けないほどに息を切らして『シーサイドナイト』の前へ辿りつくと、待ちくたびれたとばかりに音八先輩と隼人さんがじゃれ合い、空さんが全力で手を振ってくれていた。  あー、なんだろう、めっっちゃ泣きそう。音速エアラインのメンバーを見ただけで、さっきまで抱えていた痛みやつらさを一瞬で吹き飛んだ。  ちるちるとちいちゃんがいない。だけど三人の顔は晴れやかだ。聞かなくてもわかる、ライブは成功したのだと。自分のことのように嬉しくなり、三人めがけて飛びついた。 「うおっ?! 七緒どうしたんだよ!」 「本郷は悩めるDKだからなぁ、感極まった系か」 「よーしよしナナちゃん、おいでー」  隼人さんは焦り、音八先輩は飄々と笑い、空さんは俺の頭を撫でてくれる。三者三様の反応に笑い、泣きそうになり「すっげーー安心したっす」と空さんの胸に飛び込んだ。隼人さんに飛び込んだら蹴られそうだし、音八先輩にはどうしてだか素直に飛び込めそうになかった。 「ちいちゃんの思い、ちゃんとちるちるとカルメンさんに伝わったんでしょ? だから、ちるちるとちいちゃんはいないんすよね? よかった、マジで……みんなが無事で、よかった」  カルメンさんのことは一方的に見ただけ。どんな女性かは、さっぱり知らない。ちいちゃんが「俺のことが好きすぎて俺を殺そうとしたくらいにはやばいかな」と言ったこと、ちるちるを殺そうとしたことしか知らない。カルメンさんの闇しか聞かされなかったから、みんなが無事で笑っていてくれていることがただ嬉しい。 「まぁ、俺たちが無事なのは千昭の歌と白金の坊ちゃんによる王の言葉のおかげだな」 「それな! いやー、ちいちゃんの歌もめっっちゃよかったよね、練習量は足りてないけどそーいうのじゃなくてグッと来たし……ミチちゃんは、やっぱり王様だ」 「そうだな――三千留さんは王様で、千昭はどこまでもお人よしだ。おい七緒、今から音八の家で飲むからお前も来いよ。さっきのライブ映像も見せてやる」  音八先輩に髪を乱され、空さんに抱きしめられ、隼人さんには思いきり肩を叩かれた。  音速エアラインの敏腕ジャーマネとして認められているような、錯覚に陥る。うっかり勘違いしたくなる。それほどみんな俺を大事にしてくれている。  ライブ後の打ち上げに誘われたら俺勘違いしちゃうよ? こーいうの女の子に言ったらみんなガチ恋しちゃうよ? はー、マジ音速エアラインずるい。ずるすぎ、生でライブ見たことないのに、練習は何度も見たけど俺の前では話し合い、個人の練習ばかりで合わせたところ見たことないのに。もし生で音速エアラインの演奏を聞いたら俺はどうなってしまうのだろう。 「行く行く行きます! ちいちゃんの曲、けっきょく聞いてないからライブ映像見たい!」 「ハヤちゃんがシンデレラおじさんだからナナちゃんいっつも早く帰っちゃって俺たちの曲聞けてないもんね」  にこにこ満面の笑みを浮かべた空さんの口からこぼれた『シンデレラおじさん』という新しいワードに思いきり噴き出したのは俺と音八先輩だけ。当の本人隼人さんはぷるぷる肩を震わせていた。  なんとなく意味はわかる。隼人さんは俺が未成年で学生であることを気遣い、さっさと家に帰そうとする。十二時を回るなんてもってのほか。十二時の鐘が鳴る前に帰らなければいけないと命じられたシンデレラをもじって『シンデレラおじさん』なのだろう。 「空さん、シンデレラおじさんってなんだよ?!」 「十二時になる前にナナちゃんを帰そうとするからハヤちゃんはシンデレラおじ!」 「シンデレラおじさんってパワーワードすぎるー! 隼人さん、俺のガラスの靴拾ってね」 「拾わねーよ! つーか俺がおじさんなら空さんはじじいだ!」 「じじい?! 一歳しか変わんないんですけどぉーむしろ俺のほうがベビーフェイス! よっし、音ちゃん家行こう!」 「じゃあだりぃからタク捕まえて帰るかー。明日も学校だっけ? ま、制服だし俺ん家泊まってけよ」  するり、音八先輩の腕が肩に回る。  出会ったばかりの頃だったら信じられない距離の近さだ。いきなりキスをされて第一印象最悪だった四月からは想像できない――俺と音八先輩がこうして親睦を深めているのだ。四信先輩だって、おうちゃんと仲良くなるに決まっている。俺も、おうちゃんも、相手にたいして好感度マイナスだった。だからこそ、一度上がってしまえば好きになるのは容易いのかもしれない。  さっきまでわいわい騒いでいた隼人さんと空さんはすっかり仲直りし、タクシーを捕まえようとしている。二人に気がつかれないように小声で「ねぇ、音八パイセン」と音八先輩に呟いた。 「あ? なんだよ」 「俺、出会ったばっかの頃はあんたと仲良くなるなんて微塵も思ってなかった。だからこの状況を受け入れちゃってる俺にちょっと驚いてます」  へらりと笑い、音八先輩を見つめる。音八先輩は一瞬黒い瞳を丸め「……俺も」ぽつりと呟いた。 「俺も、本郷とここまで仲良くなれると思わなかったわ。あー……白金の坊ちゃん、あいつやっぱりすげぇオトコだわ。完敗だわ」  音八先輩はどこか悔しげに、それでいて楽しそうに笑みをこぼして俺の髪をぐしゃぐしゃと掻き乱す。  完敗ってどういうことだ。ちるちると賭けでもしているのか? 気になるけれど、きっと音八先輩は聞いたって教えてくれないだろう。 「なんでここでちるちるの名前がでるんすかー?」  だからあくまで軽いジャブ。教えてくれるわけがないと思いながら、音八先輩の顔を覗き込んだ。 「ヒミツだよ、ヒミツ。オトコはヒミツの一つや二つあったほうがいいだろうが」 「秘密の一つや二つ、か。なんか歌詞になりそー」 「マジ? メモっとくか」  音八先輩は大真面目な顔をするとスマホを取り出して「オトコはヒミツの一つや二つあったほうがいい」と呟いた。ボイスメモに残すその姿は、すっかりミュージシャンの顔。 「思いついた歌詞はボイスメモに残してるんすか?」 「ボイスメモのこともあるし、ノートに残す時もある。文字で書きてぇ時と、声に残したい時って違うだろ」 「へぇ、そういうもんすか。俺は心に残します」  言ってから『やべぇ、ダサい』と後悔する。チラリと音八先輩を見ると「俺は心に残す」と笑いながらボイスメモを残しているから、思いきり肩を叩いた。  いつの間にか胸を締めつけていた痛みはすっかり消え去っていた。

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