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六本目は祝福を

 今日、ようやく十六を迎えた。誕生日がものすごく嬉しい年齢でもなく、かといって嬉しくないと言えば嘘になる。  だからといって、なにかが明確に変わった気はしていない。しいて言えば、音八先輩は十六で音速エアラインを結成したのだなと思う程度。  俺は十五までの自分を捨てて、生まれ変われるのだろうか。生まれ変わりたい、だけど変われない。ずっと同じところで足踏みしている『あるオトコのウタ』状態をいつまで続ける気なのだろう。周りの人――おうちゃんやいっくんは明確に変わっていくというのに。 「七緒、あのライブはお前の言葉がきっかけだと千昭から聞いた。ありがとう。お前はいつも俺様を救ってくれるな」  いっくんが一足早く会場を抜けた後、ちるちるは表情だけは公共の場モードの笑顔を浮かべ、俺にだけ聞こえるように小さな声で囁いた。  俺は口に出しただけ。実行したのは音八先輩、音速エアラインだ。俺はなんにもしていないと首を横に振る。 「俺はなーんにもしてないよ。音八パイセンたちが頑張ってくれて、俺はただみんなの頑張りを眺めていただけ」 「いや、七緒の言葉で音八は変わった。お前には人を変え、良い方向へ導く力がある。もう少し自分のことも気にかけてくれると俺様としては嬉しいかぎりだが」  ちるちるは俺を買いかぶりすぎだ。俺にはたいそれた力はない。これといった長所もない。  あー、いやだなぁ。これじゃあ四信先輩に出会う前の俺だ。ちるちるといっくんのとなりにいていいはずがないとうじうじ悩んでいた俺に逆戻り。ふりだしに戻ってどうするんだ。 「……俺の言葉はきっかけにすぎないよ、音八パイセンは音八パイセンの力で変わった」 「そのきっかけこそ、大事なことだろう」 「え?」  うじうじ俯いていた顔をぱっと上げ、ちるちるを見つめる。ちるちるの青い瞳はいつだって真実を見通している。怖いほどに。王とはこういう男を呼ぶのだろう。だけど、今のちるちるの瞳は怖くない。心底優しい瞳をして俺を見守ってくれている。 「きっかけがないところに変化は生まれない。そのきっかけを、種を蒔いたのは紛れもなく七緒だ。それを咲かせられるかは音八にかかっているが――想像したよりずっと美しい花を咲かせてくれた。なあ七緒、今度はお前が咲かせる番ではないのか。俺様はお前にも種を蒔いたつもりなんだが」  ちるちるの拳がトンと俺の胸を小突いた瞬間、涙がこぼれそうになった。今日は俺が主役のパーティーだ、笑っていなければと必死に歯を食いしばって笑う。  ちるちるが蒔いてくれた種、それはきっと音八先輩との出会いだろう。それ以降も、何度も何度も俺に諦めることなく種を蒔いてくれていたというのに、俺はなにをうじうじもだもだしているのか。  四信先輩を好きになって、髪色と瞳を変えた。でも、それは容姿を変えただけにすぎない。中身は俺のままだった。俺自身が変わらなくちゃいけないんだ。 「……ちるちる、俺も花を咲かせられるのかな」 「当たり前だ。七緒は俺様が見込んだ男だぞ」 「それは、幼なじみのよしみじゃなくて?」 「俺様を馬鹿にするな。一人の男として見込んでいる。旺二郎や五喜にないものを、お前は持っている」  おうちゃんやいっくんにないものを、俺が? そんなことってある?  おうちゃんは類稀なる美貌を持ち、芸術センスの塊。いっくんは広尾家の次男坊で、公共の場とプライベートで顔を完璧に使い分けることが出来る優等生。俺は、あの二人にないものを持っているとは思えない。 「さて、堅苦しいことは終わりにするか。今日は七緒の誕生日だし俺様から褒美を用意している」 「話の落差すごくて耳キーンってなるねでも誕プレあざまるー! 王様からの褒美はなんですか!」 「あとで俺様の部屋に来い。そこで褒美を与える」  俺様の部屋と言ったちるちるはスーツの胸ポケットからルームカードを取り出す。  父のホテルで行われる俺の誕生日会。客の目当ては俺ではなく『白金家の次男』と『広尾家の次男』だ。俺を見つける前に二人はおっさんたちに囲まれ、もみくちゃになってげっそり疲れ果てることが多いからか、いつも二人にはスイートルームをとっている。一時的な避難場所として使ってもいいし、泊まってもいい。とにかく二人の心が休まるように。いっくんは、今頃スイートルームで寛いでいることだろう。 「えー、焦らすのー気になりすぎ……あ、ちるちるごめん、いっくんからラインだ」 「……俺様にも来ているな」  スーツの内ポケットで震えるスマホを取り出すと、ちるちるのところにもいっくんへのメッセージ。  スイートルームに愛しのカズちゃんを呼んでイチャイチャする作戦は失敗したのかなとちるちると笑いながら、スマホを確認する。 「色々あって人を殴っちゃった。廊下で気絶してるから迷惑かけるかも、ごめんね」  あのいっくんが、いろいろあって人を殴った? そんなことってある? 嫌悪感を抱いた相手は徹底スルーして避けるあのいっくんが? もしかして、カズちゃんの身になにかあったのか。  チラリとちるちるに視線を送ると、ちるちるも深刻な表情を浮かべている。俺と同じようなメッセージがきたのか、あるいはもっと詳細なものか。 「……ものすごく腹は立つが、五喜が嫌悪の塊と正面から向き合うようになったと喜ぶべきでもあるな――七緒、気絶している男を拾いに行くぞ」  ちるちるに肩を叩かれ、大きく頷く。  どうせ俺が会場を抜け出してもバレないだろうと思いつつも、父に「ちょっと風に当たってきますね!」と頭を下げてからちるちると一緒に扉を開けた。

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