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六本目は祝福を_03

「七緒、目を瞑れ」 「えっなんで!?」 「王の命令だ、早く瞑れ」  相変わらず強引だなぁ、もう!  ちるちるに用意した部屋の前に立つと、いきなり「目を瞑れ」命令。王の命令には逆らえないのが民というもの、ゆっくり目を瞑るとちるちるに手をとられる。そのまま俺の手を引いて部屋の中へと連れて行かれるのがわかり、無性にドキドキ胸が高鳴る。  いわゆるサプライズ的なやつ? そーいうのはそこまで好きじゃない。サプライズされるのがわかってしまうから、どうやって気がついていないふりをするのか考えることで疲れてしまう。だけど、今はどうしてだか、ドキドキする。ちるちるがサプライズするぞとばかりに「王の褒美がある」と宣言してくれたからだろうか。 「七緒、もういいぞ。目を開けろ」  おそるおそる目を開ける。瞬間、軽快にドラムを叩く空さんにギターをかき鳴らす隼人さん。ベースとは思えない暴れっぷりを見せるちいちゃん――センターにはもちろん、スタンドマイクを握りしめた音八先輩。  あー、もー、サイコーのご褒美じゃん。サプライズが予想を上回ることなんてあるんだ、さすがちるちる。 「本郷のために曲でも作ってやろうかと思ったんだけど、ぜーんぜん間に合わなかったから音速エアライン流サイコーな『Happy Birthday』で祝ってやるよ」  ぜーんぜん間に合わなかったんだ。そういうことを素直に言っちゃうあたり、音八先輩らしい。 「音八パイセンもっと俺のために頑張ってよー」  ぶーぶー、わざとらしくブーイングをすると、音八先輩に思いきり舌打ちをされた。俺バースデーボーイなんですけど?! なんなのこの仕打ちは。 「音ちゃん照れ屋さんだからねー、ナナちゃんにほんとは曲作りたかったんだよねー」 「そうそう、オトヤなりに頑張ったけど間に合わなかったんだよね」 「音八のわりに頑張ったよな。七緒、そこだけは認めてくれよ」 「お前ら俺のことディスりすぎじゃねぇ?」  空さんが音八先輩の肩に腕を回し、ちいちゃんは笑って肩を竦め、隼人さんが音八先輩の背中を叩く。  音速エアラインの低迷期を動画でしか知らないのに、仲良くじゃれ合っている四人を見るとぐっと来る。ずっと見守って来た人、たとえばちるちるは、きっと俺以上に嬉しい光景のはずだろう。チラリとちるちるに視線をやると、美しい青い瞳がうっすら光る。 「なにを言っているんだ、音八はみんなに愛されているじゃないか。なにを隠そう俺様を愛しているぞ」  涙をこぼすまいとちるちるは美しく笑った。王はいかなる時も泣くものかとちるちるがどんな時も気丈に振る舞っていることを俺は知っている。きっとちいちゃんや音八先輩たちも。そもそも、大切なちるちるを泣かせたくない。その気持ちはみんな同じなのだろう、ちいちゃんがちるちるの頬に手を伸ばしてちゅっと額に口づけを落とした。 「それは聞き捨てならないなぁ。ミチル、俺のことは愛してないの?」  ちいちゃんの行動がちるちるのためを思ってのもの、いつものノリだと誰もがわかっているからこそ、音八先輩はわざとらしくため息を吐いてちいちゃんの肩に腕を回した。 「あー、坊ちゃんのせいで千昭がめんどくせぇ感じになったじゃねぇか! おら、一曲かますぞ!」  音八先輩の言葉に待ってましたと空さんがドラムを叩く。ちいちゃんもちるちるの髪をくしゃりと撫でると、音八先輩のとなりに立つ。隼人さんがみんなに目配せをすると、さっきまでの騒がしさはどこへやら、四人はすっかり音速エアラインの顔になっていた。  音八先輩は目を瞑り、スタンドマイクを握る。ドラム、ギター、ベース、それらすべてが優しい。マイクが音八先輩のブレスをとらえる。ゆっくり目を開けた音八先輩は「Happy birthday, Nanao.」俺の瞳を見て囁くと、どこまでも優しく、語りかけるように歌いだす。  一年に一度、必ずやってくる日。なんでもない日。そう思っていた誕生日が、音八先輩たちのおかげで特別な日に感じてしまった。 「それにしてもドラムってどうやって持ってきたの? 業者に頼んだ系?」  音速エアラインによるライブが終わり、ちるちるが用意してくれていたケーキをみんなでむさぼる。みんな好き勝手なところからフォークとナイフで切り分けるせいで、すっかりぐちゃぐちゃだ。女の子がいたら、こんなふうに汚く食べられないなぁと笑い、ケーキの上に乗っかっているイチゴにフォークを刺しながら、ふとドラムへと視線を移した。 「バッグに入れて持ち運んでる系ー! サイズダウンしてるからちょっと迫力かけるけど、それはそれだよね」 「持ち運べんの?! えー空さんマッチョ!」 「ソラは細く見えてマッチョだからね」 「それな。空さんマジで細マッチョ」 「いやー、ちいちゃんには負けるよ! ちいちゃんは一番いい筋肉ついてるじゃん。ね、ミチちゃん」 「……なぜ俺様に聞く?」  夢中でケーキを食べていたちるちるは、急に話をふられて青い瞳を丸める。その内容が『ちいちゃん実は筋肉質説』だからよけいに気まずいのか、ちるちるはそっと首筋を隠した。その仕草、完全にアウト。首筋にキスマークありますと言っているようなものだ。 「ソーラ、俺の王様をからかわないでくれる?」  にこにこ笑ったちいちゃんはちるちるの肩に腕を回した。すっかり以前の、むしろ以前にも増してちいちゃんはちるちるへの愛が深まった気がする。その姿を見ているだけで「二人のためになにかしたい」と言ってよかったと心から思った。

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