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七本目は変革を_02

 よく寝た。それはもうびっくりするほど寝た。  上質な睡眠ができたかはわからないが、思いのほかスッキリしている。スマホの電源を入れ、まだバイトの時間には余裕があることを確認。よし――パジャマを脱ぎ捨ててから、スマホを手にとった。  音速エアラインの『あるオトコのウタ』の動画を再生する。この歌を聞けば、俺はきっと変われる。 「あー……音八パイセンかっこよ」  スタンドマイクを握る音八先輩は完全にやる気がなく、輝きがない。俺の誕生日に歌ってくれた音八先輩と比べると雲泥の差。だけど、俺は『あるオトコのウタ』を歌う音八先輩が好きだ。苦しげに、切なげに、うまくいかない心の叫びを歌っている音八先輩にぐっと来る。  俺も、あるオトコと同じだ。ずっとそう思って聞いてきた。だけど、このままでは心が死んでしまうところまで来ている。この状況から抜け出す方法はたったひとつ、四信先輩に告白をすること。 「あー、それができたら今まで悩んでねぇっての!」  声に出してツッコミながら、枕をぼかぼか叩く。  おうちゃんはきっと四信先輩が好きだ。あんなに苦手だった四信先輩とふつーに会話をして、そのうえで照れくさげに笑っていた。完全に恋する男の瞳。  正直言って、この勝負は負けているとわかる。おうちゃんだけじゃなくて、四信先輩もきっと。四信先輩はいつでも楽しそうに笑っているけれど、それでも心の底になにかを抱えている。それを決して人には見せようとしない圧倒的なヒーロー。でも、おうちゃんといる時は誰といるよりも楽しそうで無邪気だ。  じゃあ俺といる時の四信先輩はどうだ? やっぱり『みんなの四信先輩』だったんじゃないのか? どう考えたって、俺だけの四信先輩ではなかった。だって俺自身が『みんなの四信先輩』だと思って接していた。  でも、おうちゃんはちがう。ただ目の前の四信先輩をちゃんと見ている。向き合っている。逃げたりしない。 「あー、かなわないなぁ、ほんと」  おうちゃんのことは大好きだ。どこが好きって、まずは顔。顔がいい。俺はたぶん面食いだ。ちるちるやいっくんと一緒に育ったせいか、キラキラしたものに囲まれて生きることに慣れている。  それから、性格が好きだ。人見知りなのに一度懐くとものすごく可愛い。ヘタレなところもあるけれど、やると決めたらとことんやる。そこは俺とはまるでちがうところで、心底格好良い。  なにより、最近のおうちゃんはキラキラと輝いている。四信先輩と知り合って、仲良くなったおかげだ。おうちゃんが一番キラキラ輝ける場所は、きっと四信先輩のとなり。だけど、俺だって四信先輩への気持ちを簡単には手放せそうにない。  どうしたらいいんだろうと目をつむる。まぶたの裏に映るのは、スタンドマイクを握る音八先輩。こんな時に浮かぶのは四信先輩がふさわしいはずなのになぁ。俺、けっこー音八先輩のこと好きなんじゃないの。 「……音八パイセンを好き? まー、好きか」  嫌いか、好きか。その二択なら好きだ。  音速エアラインのボーカリストとして、好きだ。一人の人間としても、まぁ好きだ。かなりぶっ飛んだ人だとは思うし、俺の心臓を抉ってくる。だけど俺は音八先輩と一緒にいる俺が好きだ。四信先輩と一緒にいる時の俺はちっとも好きじゃないのに。 「……おうちゃんと話そう、まずはそれから」  四信先輩と話す前に、まずはおうちゃんだ。四信先輩の自主練につき合い、向き合っているおうちゃんと少しだけぎくしゃくしている。昨日なんてあきらかに逃げたし、おうちゃんも変に思っているだろう。この空気を吹き飛ばすためには、四信先輩への気持ちを話すしかない。おうちゃんの気持ちを聞くしかない。  わしゃわしゃとピンクの髪を掻き乱し、クローゼットからアロハシャツを取りだす。服だけはハッピー、心はちっとも追いついていないけどそれでいい。  ワンショルダーバッグにスマホを入れようとして、ちるちるからの返信があることに気がつく。 『六マスぐらい進んだな』  俺は六マスも進めただろうか。わからないけれど、ちるちるに行ってもらえると嬉しくて口元が緩んだ。 『だといいんだけど! これからバイト行ってくるね』  ちるちるに返信をして、今度こそバッグにスマホを入れた。 「おはよーございまーす!」  ロッカールームに入ると、音八先輩がいつもどおりだらだらと着替えていて無性に安心する。 「なんかお前やたら元気じゃん」 「そうっすか?」 「気持ち悪いレベル」  気持ち悪い? マジで?  ロッカーを開け、鏡を見る。たくさん寝て、考えたおかげでスッキリした表情をしているけれど、その顔が音八先輩にとって『気持ち悪い』のかもしれない。 「いろいろ考えたらなんかスッキリしたんすよ、それが気持ち悪い顔ってマジ音八パイセン失礼っすよねー」 「失礼なのが俺の取り柄だからな」 「その取り柄、最悪っすね」  へらへら笑っていると、音八先輩はバタンとロッカーを閉める。まるでなにか重要なことを言う前触れのようで、びくりと肩を跳ね上げてしまった。 「俺、今月でバイトやめっから」  さらり、音八先輩は言う。うっかり「へぇ、そうなんすか」と返事をしてしまうほど。ゆっくり頭の中で文字をなぞり、ようやく理解する。音八先輩が、バイトをやめるってなに。

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