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七本目は変革を_04

 受付に顔を出すと、音八先輩はいつもどおりやる気なさげに立っている。俺に告白したことが嘘のようだ。もしかして、あれは告白じゃなかったのかもしれない。いたいけな少年をからかっただけ。きっとそうだ。  なーんだ、そうだったんだ、だまされたぁ。もしかして『ドッキリ大成功!』的な看板を持ったちいちゃんたちが現れたりしちゃう? それなら早く言ってよね。  チラリと音八先輩の横顔を見つめる。なにを考えているのか、さっぱりわからない。表情からはなにも読み取ることができそうにない。  音八先輩がいつもどおりなら、俺も平然としていよう。フェラのことみたいに笑って流してしまえばいい――でも、本当にそれでいいのか。  それじゃあ今までの俺となにも変わらない。へらへらなにもかも誤魔化して、笑って、肝心なことから逃げている。やっぱり口だけ男だ。 「音八パイセン」 「なんだよ」 「さっきのなんなんすか」 「さっきのってなんだよ」  にんまり音八先輩は口角を上げる。  恋愛は好きになったほうが負け。振り回されるのは好きになった側。世間一般的にそうだと思ってきたし、実際俺も四信先輩はなにも悪くないのに、勝手に振り回されてきた。だけど、俺に恋をしている(かもしれない)音八先輩はどこまでも俺を振り回してくる。  ようするに恋に勝ち負けなんてものはない。好きになった側が我慢しがちだけど、音八先輩はどんな時でも音八先輩だ。ブレたりしない。やっぱり、音八先輩はクソダサくない。悔しいけど格好良い男だ。   「……だから、俺に恋愛してるとかなんとか言ったじゃないってすか」 「ああ、それがどうしたわけ」 「えー、なんすかその軽ノリは」 「本郷、てめぇは恋愛を重く考えすぎじゃねぇの」  音八先輩の言葉が心臓に刺さる。ゆっくり胸元を撫でながら、確かにそうだと息を吐いた。  四信先輩に嫌われたら、俺の世界は終わる。ずっとそう思って生きてきた。そんなわけないのに。四信先輩に嫌われようと、振られようと、俺の世界は終わらない。いつもと同じように回る。重たく捉えすぎと言われても否定できない。見た目だけ『チャラ男』で中身は重たい男。 「……そうっすね、ちゃんしーパイセンに振られたら死ぬって思ってました。重たいっすよねー、マジで。でも俺にとってちゃんしーパイセンは、それぐれー特別なんすよ。ボコられそーになった俺を無条件で救ってくれたちゃんしーパイセンは、俺のヒーローなんです、ずっと」 「ヒーローで好きなオトコってか。マジ重てぇ」 「……うるさいなぁ、もう! つーか、音八パイセンはマジで俺が好きなんすか。まったくもって俺に対する愛情が感じられないんすけどぉ!」  わざとらしく高い声で音八パイセンの顔を覗き込むと、ものすごく冷めた黒い瞳で睨まれた。「えっキモい、本郷キモい」さらっと早口で言われ、地味に傷ついた。  この人、マジで俺が好きなの? やっぱりドッキリじゃない? 「お前、好きとか愛してるって言われねぇと不安になるタイプ? カーワイイ。俺はそーいうの言葉にしねぇタイプだけど、お前が不安になるなら言ってやろうか――さっさと俺のセブンスターになっちまえよ。ココロもカラダも」  音八先輩の細い指が俺の顎を突っつく。  勢いに任せて口走った言葉を音八先輩の口から聞くと恥ずかしさがじわりと増し、耳が赤くなる。もしかして告白じみたことを言ったのかと再認識させられた。 「……俺、クソはずかしいこと言ったんすね」 「そーだな、青いよな。ぐっと来たぜ」 「はー……音八先輩マジ軽い」 「いいんだよ、軽くて。キモチイイからセックスが好き、楽しいから音楽が好き、本郷といる自分が好きだから本郷が好き、それが心理だろ」  声に出して好きなことを言える音八先輩は、キラキラと眩しい。それでいて、ふわふわと軽い。その眩しさに、軽さに心底憧れる。  受付の電話が鳴り、客が目の前にいるわけではないのに営業スマイルを作ってから電話を取る。音八先輩が「ぶはっ、客いねぇのにほんとお前よくやるなぁ」軽く噴き出す。笑顔を作り客の注文を聞いてから、音八先輩のすねに蹴りを入れた。 「いってぇ! 愛がねぇぞ、愛が!」 「俺の愛は安くないんすよ! 運んできまーす」  笑顔はタダですけどね。にっこり音がつくほど笑顔を浮かべて厨房へと足を進めた。  注文があった部屋にジュースを運び、受付に戻ろうとするも思わず足が止まる。音八先輩と話しているのは、どこからどう見てもおうちゃん。  どうしよう。心の準備が出来ていない。おうちゃんと話し合うって決めたくせに、やっぱり俺は口だけ男だったのか。  とっさに壁の角に隠れ、トレイをぎゅっと抱きしめる。 「あの、なっちゃん……じゃなくて、本郷くんに会いたいんですけど」 「本郷に? 明日学校で会えばよくね?」 「どうしても、いま会いたいんです。今日じゃなきゃだめなんです、今日なっちゃんと向き合いたい」  じわり、瞳に涙が滲んだ。  おうちゃんは明日じゃなくて、今日俺と向き合おうとしてくれている。そういうところだろうな、と妙に納得してしまう。何事も先延ばしにしてしまう俺と違って、おうちゃんは今日出来ることを全力でしている。おうちゃんのまっすぐな心が、きっと四信先輩を揺れ動かしている。ライバルである俺の心すらもときめかせてしまうのだから。  もう隠れていられない。深呼吸をして、必死に口角を上げる。明日じゃなくて、今日おうちゃんと向き合おう。大きく一歩踏み出した。

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