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七本目は変革を_05
おうちゃんと向き合い、お互いの四信先輩への気持ちを吐き出してから数日。今までの苦しみはなんだったのだろうかと驚くほど平和な日々。
四信先輩はおうちゃんにだって譲りたくないとあの日言ったはずなのに、俺の気持ちは穏やかだ。おうちゃんと四信先輩が仲良くしていようと、おうちゃんがさらりと「四信先輩のこと考えていると顔がゆるむ」「今日も四信先輩は可愛かった」と真顔で言っても、前のようにふつふつとした嫉妬心は沸かない。もちろん羨ましくはある。だけど、昔感じていた苦しさはない。
認めたくないけれど、四信先輩のことよりも、今月末にバイトを辞めてしまう音八先輩のことが気になってしょうがない。音八先輩が俺に告白なんかするからだ。あの言葉がなければ俺はおうちゃんに嫉妬していたはずだし、うじうじしていた。
ん? それなら音八先輩のおかげなのか? 俺が嫉妬しなくなったのも、うじうじしなくなったのも、音八先輩のおかげじゃね?
「あー! もう! なんなんだあの人は」
授業をサボり、誰もいない屋上で大の字になるなんて贅沢な極みを満喫しているはずなのに、俺の頭を占めているのは音八先輩。
やる気のない表情、セブンスターの香り、無駄に良い声。どんな時でもブレない姿勢。
ついこの間まで四信先輩だけが俺の世界の中心だったのに、音八先輩のたった一言でがらりと変わった。
「お前にとってはぽろっと口にした言葉だろうけど、その言葉が死んでいた俺を生き返らせたんだよ」
つまり、そういうことだ。音八先輩にとってはぽろっと口にした言葉。その言葉によって、俺は音八先輩のことばかり考えている。
「七緒、なにをもだもだしている」
「えっちるちる! もしやもーお昼?! あ、おサボりかー」
屋上の扉が開く音さえ気にならないほど悶えていた俺を涼しい顔をしたちるちるが見下ろす。
ガバッと体を起こし、スマホを眺める。
まだお昼には早い三限目。どうやら王様もおサボりらしい。俺たちの王様は真面目に見えて、意外と息抜きが上手い。
「そうだ。王とて休息は必要だろう? それでなにがあったんだ。音八となにかあったか」
「なんでそこで音八パイセンの名前が挙がるかなー?! 音八パイセンのことだけど!」
ちるちるは俺のとなりに腰を下ろすと「最近の七緒はものすごく良い顔をしているからな」嬉しげに俺の肩を叩いた。
四信先輩のことを考えていた時は苦しくて、つらくてしょうがなかった。ちるちるにも、いっくんにも、それはバレバレだっただろう。
「……心配かけてごめんね、今はスッキリしてる。おうちゃんにちゃんしーパイセンの気持ちを話して、おうちゃんの気持ちを聞いて、びっくりするほど穏やかな気分だよ。なんかさー、ちゃんしーパイセンを幸せにできるのっておうちゃんしかいないなーって気分。悔しいから言わないけど。俺になにかできないかな。二人のためになにかしたい」
ちるちるの肩にもたれ、ぽつりと呟く。
ちいちゃんとちるちるのために、音速エアラインのみんながスペシャルライブを開いてくれた。四信先輩とおうちゃんのために、俺はなにをしてあげられるだろうか。ライブを開くわけにもいかない。俺だからできることはなんだろうか。
「ねぇ、ちるちる。俺ちゃんしーパイセンに告白する。今まで好きでしたってことを。今までありがとうって気持ちを告白する。それで、その姿をおうちゃんに見せて煽るってのはどうかな」
うかうかしていると俺にとられちゃうよとおうちゃんには伝え、四信先輩には俺が告白することでおうちゃんへの気持ちを自覚させる。これこそ、恋の終わらせ方にふさわしい。
ちるちるは眉尻を下げ、じっと俺を見つめてくる。たぶん、俺のことを心配している。そんなことをして、お前は傷つかないのかと。
「七緒、お前の心は」
「大丈夫だよ。俺、ちゃんしーパイセンのことは好きだし、特別だけど、この恋を終わらせるためにはこれしかないから」
ちるちるは青い瞳を一瞬見開いてから、俺のことを力いっぱい抱きしめてくる。
もしかして無理していると思われた系? これまで散々へらへら笑って誤魔化してきたもんなぁ。
無理していないと言えば嘘になるけど、もう迷いはない。そのことを大切なちるちるに知ってもらいたい。
「ねぇ、ちるちる。俺無理してないよ。今までたくさん自分にもちるちるにも嘘吐いてきたけど、もう吐かないって決めた――俺ね、音八パイセンのことけっこー好きなんだよ。今はね、音八パイセンのことで頭いっぱいになってる。だから、ちゃんしーパイセンへの気持ちをちゃんと終わらせたい。俺の気持ちをちゃんしーパイセンに伝えたい」
ああ、言ってしまった。音八先輩がけっこー好きだとちるちるに言ってしまった。
こうなったら後には引けないと笑っていると、ちるちるが俺の両頬をガシッと掴む。その青い眼差しはいつも以上にキラキラと光り輝いている。
「今のは本当か」
「ど、どの部分? いや全部ほんとなんだけど」
「音八のことで頭がいっぱいのくだりだ」
「あー、うん、マジ」
「そうか……そうか」
ちるちるがこれ以上ないほどに優しい瞳で俺を見つめる。
ちるちるは俺よりも、俺のことを考えてくれていたのだ。俺のことを心配して、愛してくれている。きっと、俺はたくさんちるちるを傷つけてきたのに。それでも、俺のことを諦めないでいてくれた。俺が俺らしく生きられるように願ってくれた。
言葉はなくとも青い瞳からすべてが伝わり、泣きそうになる。
昼休みになったら、いっくんとおうちゃんが屋上に来るんだから、泣くな俺、堪えろと空を見上げた。びっくりするぐらい美しい夏空。
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