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七本目は変革を_07

「あー、ここな。これはな、さっきのとこの応用で」  そわそわ扉のほうを見つめていた四信先輩は、ニカッと歯を向けて笑むとすらすらとノートに解説を書いていく。教師よりよっぽどわかりやすい教え方だ。きっと、バスケ部でも後輩に指導しているのだろう。  やっぱり、好きだなぁ。四信先輩の横顔を見つめ、こぼれ落ちそうになる感情を飲み込む。  そりゃあ、好きだよ。中一からずっと好きなんだよ。すぐにはいやめまーす、なんてこの思いがなくなるわけがない。でも、四信先輩を見つめても、前みたいに胸がきりきりと締めつけられない。痛くない。苦しくない。この『好き』は少しずつ変わっていくのだろう。恋から憧れだった頃に。好きな人から唯一無二のスーパーヒーローになるだけ。少し寂しくもあり、嬉しくもある。この恋が終わることで、俺は踏み出せる。 「なーなーおー、聞いてんのかー」 「あっ、サーセン! 聞いてません!」 「お前! 質問しといて上の空かよー!」  四信先輩がゲラゲラ笑い、俺の背中をバシバシ叩く。その痛みが心地いい。俺が四信先輩に告白をして、振られたとしても、こんなふうに気安く触れてほしい。遠慮しないで背中を叩いてほしい。そう思うことは、傲慢なのだろうか。 「七緒、上野おかわりいるか」  テーブルに置かれたグラスをちるちるが指を差す。それは、俺とちるちるが決めた合図。  ああ、ついにこのタイミングが来た。ちるちるに笑いかけ「ううん、大丈夫。それよりおうちゃん遅いね」ゆっくり立ち上がり、四信先輩のほうへ視線をやる。 「それなー。旺二郎迷子になってんじゃね?」 「ちるちるの家マジ迷路っすからねー、よし、俺探しに行ってきます!」  一緒に行きますか? と聞く前に四信先輩は立ち上がり「七緒、俺も行っていいか」と言ってきた。もちろん、そうしてくれなくちゃ困りますと心の中で呟いた。 「いいっすよー! ちゃんしーパイセンも迷子にならないように俺の後ろにちゃーんとついてきてください」  にっこり微笑んで、四信先輩と一緒に部屋を出る。  統花様の部屋は、みっちーの部屋と同じ階にはあるものの、あまり近くはない。だからこそ、緊張感が増してくる。  これから、四信先輩に告白するんだ。中学一年から思い続けて、こじらせて煮詰めた気持ちを吐き出すのだと思うと唇が震えた。 「なあ七緒ー、こっちにトイレなくね?」  四信先輩に顔を覗き込まれ、はっとした。  俺はなにを怖気ついているのだろう。四信先輩とおうちゃんのため、なにより俺のために、踏み出すと決めたんだ。  ドアノブが回る音がする。統花様の部屋からおうちゃんが出てこようとしていると信じて、ただ目の前の四信先輩だけを見つめた。 「実はこっちにトイレないんすよねー! つーか、トイレならちるちるの部屋にあるし」 「え、マジかよ! じゃあ旺二郎どこ行ったんだ。マジで迷子じゃね、あっち探すか――どうした、七緒?」  四信先輩の肩を掴んで、視線を無理やり合わせる。  俺、今どんな顔をしているのだろう。四信先輩は黒い瞳を丸めて、不思議そうに俺を見ている。まさか、俺に告白されるなんて夢にも思っていないはずだ。だって、今までずっとただの後輩のふりをしていた。 「俺、ちゃんしーパイセンが――四信先輩のことがずっと前から好きだった」  四信先輩の黒い瞳が大きく見開いて、なにか言おうと口を開いて、ゆっくり閉ざす。俺の言葉を待つように、じっと俺を見つめてくる。  その姿を見て、もう後には引けないと実感した。引くつもりはさらさらないけれど。 「なんのゆかりもない俺を救ってくれた四信先輩にずっとずっと憧れてたんすよ。ちるちるといっくんの腰巾着って言われてなにも言い返せずにへらへら笑ってた俺を無条件で救ってくれて、それだけじゃなくて周りの人も救っちゃって。ちょうカッケーなこの人って。最初は憧れだったんだけど、四信先輩と仲良くなって、気がついたら、好きになっちゃった」  頭の中に浮かんだものをひたすらに口にだしていく。考える余裕なんてなく、今にも泣きそうだ。悲しいからじゃない、ようやくこの気持ちを四信先輩に伝えることができる喜びで、泣きそうだ。 「……だけど、四信先輩に嫌われたくなくて、引かれたくなくて、ずっととなりで笑ってほしくて、ただの後輩なふりしてた。クソダサいっすよね、俺。ダサすぎて笑えないレベル。でもね、おうちゃんと四信先輩がだんだん仲良くなっていくのを見て、すっげー苦しくなった。どんどん変わっていくおうちゃんを見て嫉妬した。なんにもしてないくせに、嫉妬するとかマジでないよなーって今なら思える」  四信先輩には隠しておきたかった汚い感情が次から次へと溢れ出す。それでも四信先輩は黙って聞いてくれている。それどころか、俺の手を握ってくれている。ああ、この人を好きになってよかったと心から思えた。 「ずっと同じところで足踏みしてて前にも後ろにも進めないでいたクソダサな俺の背中を押して、むしろ抉ってくれた人がいて。その人のおかげで、俺はここに立っていられるし、四信先輩に一世一代の告白をして、振られる覚悟ができた。だから四信先輩、俺のことちゃーんと振ってよ。それで、四信先輩の世界の中心にいるのは誰か、俺のために向き合ってよ。そうじゃなきゃ、俺の告白が報われないでしょ」  歯を食いしばって口角を上げ、四信先輩の手をぎゅっと握り返した。俺の気持ち、ぜんぶ伝われ、届け。

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