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七本目は変革を_08
「……七緒、お前すっげーカッケーな。あー、クソダサなのは俺だわ、自分の気持ちに気づかねえふりしてたし。お前の告白すっげえ響いた、俺を好きになってくれてありがとう」
四信先輩に腕を掴まれ、ぐっと抱きしめられる。この抱擁には『告白を了承』する意味はない。そんなことはわかっている。それでも、どうしてだか涙がぽろりとこぼれ落ちた。
振られて悲しいわけじゃない。嬉しいから涙が出た。俺なんかの言葉が、俺のヒーローである四信先輩に響いたことが嬉しくてたまらない。
「七緒が七緒の気持ちに正面から向き合ったみてーに俺も真剣に向き合う。俺、旺二郎のことが好きだ。だから、七緒の気持ちは受け入れられねえ」
四信先輩の言葉は気持ちがいいほどまっすぐだ。これぞ俺が惚れた四信先輩だと口角が緩む。
振られているのに笑っているなんて変態だな。でも、振られる前提で告白をしたわけだし、笑ったっていいよね。
人生で初めての告白が四信先輩でよかった。四信先輩を好きになってよかった。ゆるゆる頬が緩んで、気持ち悪い顔を隠すように四信先輩を抱きしめ返した。
「……ちゃんしーパイセン、振ってくれてありがと。ちょうスッキリした! あとはちゃんしーパイセンとおうちゃんが向き合うだけだね」
「それだけじゃねえだろ。七緒は背中を抉ってくれたやつだっけ? ちゃーんと向き合わねえとな」
あはは、そんなこと言いましたっけ!
乾いた笑い声を上げそうになり、軽く頬を掻いた。
俺は音八先輩とどうなりたいのか、まだよくわからない。けっこー好き、そんな曖昧すぎる感情で音八先輩につき合ってなどと言えるわけがない。そもそも、四信先輩に失恋したばかりで「はい次!」といけるほど器用じゃない。音八先輩は俺とどうなりたいのだろう。誰にも縛られることがなさそうなあの人が、俺と恋人になりたいとは思えない。
考えれば考えるほど頭がこんがらがる。ぐしゃぐしゃと掻き乱していると、スラックスのポケットでスマホが震える。四信先輩の体から腕を離して「サーセン、ちるちるから電話っす」と頭を下げる。
「もっしもーし、ちるちるー? どーした?」
「作戦は中止だ。今すぐ統花の部屋の前から退け。傷心な旺二郎が頭の中を整理するために一志の家に行くらしい」
「へ? なにその超展開?」
おうちゃんが頭を整理する? カズちゃんの家に行く? つまり、作戦は失敗?
とにかく今はちるちるの言うとおり、統花様の部屋の前から離れよう。四信先輩の腕を掴んで「りょーかい、ちるちるの部屋に戻る!」と廊下を駆け抜けた。「ちょっ七緒、どうした?!」戸惑い声を上げる四信先輩になにも説明できないまま。
ちるちるの部屋の扉にいっくんが凭れかかり、品よく俺たちに手を振っていた。ざっくりとしかこの作戦を説明していないはずなのに、いろんなことを察した様子でいっくんは微笑んでいる。ちょう怖い。
「僕は旺二郎と帰るよ。四信さん、なにがあったか知りませんが、旺二郎は意外と図太いのでご安心を。きっとすぐに四信さんと向き合う準備が整うはずですよ」
ぽんっと俺の肩を叩いたいっくんは、四信先輩に向かって優等生スマイルを浮かべて廊下を曲がった。俺たちの前で意外は優等生を貫く姿勢、恐るべし。
いっくんの背中を見守ってから、ちるちるの部屋に入ると苦虫を噛み潰したような表情をしたちるちるが「旺二郎は、お前が上野に好きだと告白した部分しか聞かずに扉を閉めたらしい」と耳打ちをしてくる。
うっわ、サイテーじゃん。聞いてほしいのそこじゃないんですけど! いや、そこも聞いてほしいとこではあるけども!
「なあ、旺二郎はどうしたんだ?」
四信先輩は首を傾げ、ちるちるのほうを見る。
俺が四信先輩に告白をしている姿を見てショックを受け、頭を整理するためにカズちゃんの家に行きましたなんて言えない。
「旺二郎は体調不良だったらしくてな、五喜に付き添われ帰ることにした」
「えっ、マジかよ! テスト勉強しすぎて体調壊したのかもな……インハイのために、赤点とらねえようにって頑張ってたのかも。俺が無理させちまったんだな」
きゅん! 四信先輩の健気さに心臓が高鳴る。
失恋したけど、やっぱり四信先輩を可愛いと思う気持ちは止められないのかもしれない。ごめんおうちゃん、心の中でこっそり四信先輩可愛いって叫んでおくね。
「旺二郎なら心配いらん。あとで上野から連絡をとってやれば元気になるだろう」
「そうだな。あとでラインしてみる――それで、七緒の背中を抉ったやつって誰なんだ? 俺の知ってるやつ?」
四信先輩の腕が肩に回り、顔を覗き込まれる。
振った振られた関係なのに、まるで遠慮することなく距離を詰めてくれることが嬉しい。だけど、その話まだ終わってなかったのかと眉尻を下げちるちるをじっと見つめ助けを求める。
「七緒の背中を抉ったやつか。俺も気になる」
めっちゃ知ってるくせに! ちるちるの意地悪!
ちるちるはにやにやと笑い、俺の顎をクイッと上げる。さすが白馬の王子様、顎クイが絵になりすぎる。
「えーっと、これはなんの罰ゲームなの? 俺が話さないと終わらない感じ?」
「七緒が話さねえと終わらない感じだな。とりあえず吐いて楽になれよ」
「そうだ、こうなったら勉強会改め七緒の恋バナ大会にするか」
「いやいやいや! 俺オンリー恋バナってなに?!」
テーブルに広げた教科書とノートを閉じ、日が暮れるまで音八先輩とのやりとりを洗いざらい吐いていた。
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