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七本目は変革を_10
「泣いてるお前見ると安心するわ。俺は泣けねぇから、俺のかわりにたくさん泣いてくれよ。泣くと供養になるんだろ?」
音八先輩の指先が俺の涙を掬い上げる。びっくりするほど優しい手に気がついたらこくりと頷いていた。
「母親を哀れに思った光王さんは認知することに決めて、俺のことを本当の息子だと思ってくれてる。だから、俺も三千留とは兄弟だって思っている。歌い始めたのも、あいつにせがまれたからなんだ。ピアノを一人で弾いてもつまらないから歌えって言われて、歌ってみたら三千留にすっげぇ喜ばれて。あいつの笑った顔が見たくていつも歌ってた。高校に上がったらぜってぇバンドを組んで三千留をもっと喜ばせてやるって誓ってよ。三千留たちと過ごす日々があんまりにも楽しいから、俺は過去を知っても、白金の人間だって思ってた」
そういえば、前にも言っていたっけ。「三千留に笑ってほしくて、歌ってたんだって思い出した」ぽろりと、音八先輩は白金の坊ちゃんではなくて、三千留と呼んでいた。もともと母親がバーで歌姫をしていたのだから、音八先輩にもその才能が受け継がれていたのだろう。それをちるちるは見抜いていたのかもしれない。
「でも、高三の卒業式に行く前に酔っ払って仕事から帰ってきた母親と些細なことで口論になった。母親にどうしてあんたは光王さんに似てないの? 光王さんはなにをしても完璧なのに、あんたはなにもかも中途半端って言われて、思わずカッとなっちまった。俺は光王さんの子じゃねぇからだろ、あんただって本当は知ってんだろって怒鳴って家から飛び出した。そこからは、前も話したとおりだ。俺はぜってぇ言っちゃいけねぇ言葉――俺は光王さんの子じゃねぇって言葉で、母親を殺した」
点と点が繋がり、線になった。
言ってはいけない言葉、それは『光王さんの子どもではない』という残酷な真実。わかりきっていることなのに、言わないで保たれていた平和がその一言であっという間に崩れ去った。そうして、音八先輩は白金家に寄りつかなくなったのかもしれない。
「俺の過去、ぶっ飛ぶほど重いだろ? だから、中和するためにいろいろ軽いわけ。そうしねぇと、闇深オーラでちまうし」
「闇深オーラってなんすか」
「俺の目、闇を感じるってよく言われんだよ。いわゆるちゃんしーパイセンの反対語だな」
「ああ、確かに、音八パイセンはちゃんしーパイセンとは対極にいますね」
四信先輩はとことん光属性でヒーロー。それにたいして、音八先輩は闇属性。俺が救ってあげなくちゃという気にさせられる。ヒーローになりきれていない俺が、そうしたくなる。
するりと、音八先輩の口から煙草を抜き取る。テーブルに置かれてある灰皿で火を消してから、音八先輩の唇に自分のものをそっと押しつけた。たかがキスで、音八先輩を救えるとは思えない。だけど、俺にはこれしかなかった。だって、俺は音八先輩のセブンスターだ。
「なに今の。ガキじゃねぇんだからよ」
「俺、ガキっすよ。十六、DKっす」
「改めて年齢言われっと犯罪だな。フェラしたこととか、罪に問われたらどーしよ。白金にもみ消してもらうか」
ゲラゲラと音八先輩は笑い、襟をぐっと掴む。鼻と鼻が擦れ合い、ゆるく口角を上げる音八先輩を見ていると、キスをするよりもいやらしい気分になる。
「あんた、俺が好きなんでしょ。愛があれば平気でしょ」
「てめぇに、愛はあるわけ」
「わかんねぇっす。まだ。でも、俺、あんたのセブンスターだから。あんたが寂しい時はそばにいますよ」
ゆっくり顔を傾け、また唇に触れる。やわらかくて、大きくて、厚ぼったい。やっぱり、ちるちるには似ていない。ちるちるはもっと薄い。やわらかさは知らないや、キスをしたことがないから。
ちゅっと啄ばみながら目を閉じる。ふっとすっかり慣れた笑い声が聞こえ、音八先輩の肩を叩く。キスをする時に目を閉じてなにが悪いんだこの野郎。
苦くて甘いセブンスターの香りがする唇。心底不味いと思ったのに、今はどうだろう。やっぱりまだよくわからない。美味しいかと言われると、ううんと悩んでしまう。でも、嫌いじゃない。クセになる味だ。
「……っなにしてんすか、あんた」
「キスより刺激的なことしてぇじゃん」
下半身に違和感を覚え、薄く目を開ける。音八先輩がうっとりした顔で俺の股間をさすさすと撫でていた。
もしかして、俺のことが好きなんじゃなくて、俺のちんこが好きなんじゃないの。百戦錬磨の音八先輩が好きになるほど立派なモノじゃないんだけど。まぁ女の子をそれなりには満足させられるくらいのふつーなサイズ感。
「ねぇ、そーいうことする時間ないと思うけど」
「俺、すっげぇウマイからすぐイけるって。なぁ、舐めるだけ。先っぽ舐めるだけでいいから」
「先っぽだけ挿れさせて的なノリで言わないでもらえます? めっちゃ笑うんすけど」
音八先輩はパイプ椅子から降りると、俺の足の間に座って、恍惚とした瞳で俺の股間に頬を寄せる。クレイジーすぎるなこの人。エロいというより笑えるんだけど。
こうなったら、きっと舐める前でバイトに行かせてくれない。はぁとため息を吐いて、でも本当はそこまで嫌じゃない。パフォーマンスとして、ため息を吐くのだ。しぶしぶ了承しましたよ感をだすために。
「舐めるだけっすよ」
「はぁー、本郷サイコー、とことん愛してやるから」
いつもはとことんやる気がないくせに、音八先輩は嬉しげに瞳を輝かせてジーッとファスナーが下される。
前は、俺マジでなにしてんだろうと思った。だけど、今日は音八先輩がちょっと可愛いとか、うっかり思ってしまっている。不覚すぎる気持ちを誤魔化そうと赤い髪を撫でると、ねっとり俺のモノを舐め上げる音八先輩が濡れた瞳で見上げてくる。この間は四信先輩を想像して質量を増したのに、今は音八先輩の瞳で、熱い舌で、ずくんと腫れ上がっていた。
「ちゃーんと興奮してんじゃねぇか」
「そうっすね、失恋したてでも勃つんすね。人間って脆くて、すっげーたくましい」
どこか切なくて哲学的に言ってみたものの、どう考えてもド下ネタだ。次第に口元がゆるゆるにやけ始めていると、音八先輩がちゅっと先っぽにキスをする。
「なーに一人でにやけてんだよ、こっちに集中しろ」
「うす、します!」
あ、気持ちいい。音八先輩は俺を見ながらちろちろと先っぽを舐める。視覚的にも、物理的にもぐっと来る。女の子にしてもらった時よりずっと気持ちいいのは同じ男だからなのか、音八先輩が上手いからなのか、それとも音八先輩だからなのか。
さっぱりわからないけれど、今はなにも考えないでこの気持ちよさに酔いしれようと目を瞑る。もうまぶたの裏に四信先輩が浮かぶことはなかった。
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