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八本目は誓いを

 七月最後の日曜日、快晴。 『サイコーの曲書けたからワンマンライブやる』  行かないなんて言わせる気がないラインを音八先輩からもらい、一人でライブハウスへ向かう。  本当はちるちると一緒に行きたかったのに「俺様はあいつらのパトロンだから早めに行かなければならない」と断られた。俺だって自称敏腕ジャーマネなんですけどぉとだだをこねても「今日だけは観客だ。音速エアラインにとって特別な観客としてライブを楽しんでくれ」なんて言われたら、いやだなんだと言えなくなった。  こうなったらいっくんを誘うか! 意気揚々とラインをすると『今日は一志さんと一日中イチャイチャするから無理』とばっさり。マジでドイヒーだ。まぁ、断られるとはわかっていたけど、今までは恋人より幼なじみを優先してくれていただけにちょっと切ない。あのいっくんが誰かに夢中になる日が来るとは思わなかった。つき合いたては一番イチャイチャしたい時だ、俺も大人な気持ちでいっくんを許してやろう。それにしても、おうちゃんへの交際報告はしたのだろうか。ブラコンおうちゃんに殺されないといいんだけど。  ブラコンおうちゃんが無理だということは最初から知っていた。なんてたって、今ごろ沖縄にいる。四信先輩を応援しに行くために、インハイの舞台である沖縄へとまさに今日旅立った。  俺が四信先輩に告白をした日、二人はちゃんと向き合ってつき合うことになったのだ。俺のおかげじゃん! マジでよかった! 今は心からそう思える。  ほんの少しの痛みと、大好きな二人が向き合ってくれた喜び。俺はずっとこの喜ばしい痛みを抱えて生きていくのだと思う。 「ねぇ、きみナナくんでしょ?」  ざわざわ、すでに満員御礼の客席。満員電車よりも混んでいるなぁと額の汗を手の甲でぐいっと拭うと、後ろからハキハキした高い声で話しかけられる。  金髪のポニーテールがさらさらと揺れ、大きな茶色い瞳が俺をじっと見つめている。こんな美人、一度会ったら忘れないんだけどな。誰だっけな。元カノの知り合い系? 一度合コンした子? うーん、思い出せない。 「きみみたいな可愛い子一度見たら忘れないと思うから俺たち初対面だよね? あ、もしかして夢で会った系かー! 今度はリアルで会えて嬉しいなぁ」  にっこり金髪美女に微笑む。  我ながらチャラいこと言ったけど、女の子に好かれる容姿だという自覚がある。こんなことを言ったとしてもたいていは引かれない――あれ、めっちゃ白い目で見られてるぞ。あまりの冷たさに体が寒くなるレベル。 「ナナくん、チャラいわー。ないわー。わたし、あかり。空くんの彼女なの、よろしくね。空くんから話聞いてるよー、ナナくんのこと!」 「えっ、空さんの彼女?! うっっわーー、今の記憶から抹消してほしい!」  顔を両手で覆い隠すと、あかりちゃんはケラケラ笑って俺の手を掴む。  まったく俺を男として見ていないからこそ、堂々と俺に触れてくるのだろう。その清々しさにちょっと惚れ惚れした。さすが空さんの彼女。 「後ろのほうがよく見えるから、後ろ行こうよ」 「そういうもんなの?」 「舞台に立ってる側からも後ろのほうがよく見えるって空くんが言ってたからね」  ナチュラルな惚気だと笑いながら、あかりちゃんと一緒にお客さんをかき分けて一番後ろへ。ああ、確かに全体がよく見渡せるなと壁に凭れかかると「ナナくん、ありがとね」優しい声色で話しかけられて思わず目を見開いた。 「ナナくんが音くんを変えてくれたんでしょ」 「お、れはなにも」 「謙遜しないでよー。空くん言ってたよ、ナナくんのおかげでみんな同じところを向くようになったって」  同じところを向いていなかった音速エアラインを俺はよく知らない。ライブ映像でしか知らない。  隼人さんと空さんだけは一生懸命前を向いているのに、音八先輩とちいちゃんはちっとも前を見ていなかった。だけど、俺と出会ってからはみんな前を向いて全力で走っている。過去のライブ映像が嘘のように、音速エアラインはいつだって輝いている。 「俺を音八パイセンと出会わせたのはちるちるだから、ちるちるのおかげだと思う」 「ちるちる――ミチちゃんのことか! きっとミチちゃんは二人が出会えば音エアが変わると思ったんだね。ミチちゃんとナナくんのおかげだ。ありがとう」  あかりちゃんもちるちると一緒に音速エアラインの低迷期を支えて来た人なのだろう。俺に向かって深々と頭を下げる姿には心からの感謝が見えた。  俺のほうがありがとう、なのに。音速エアラインに出会って、俺も変わることができた。だから、お礼を言われる立場ではないのに――でも、俺のなんてことない言葉が音八先輩を変えた。俺にとってそれは誇りだ。 「俺はマジでたいしたことしてないんだよね。でも、俺のおかげで音速エアラインが変わってくれたならその姿を一生見届けたい。ずっといい方向へ変わっていけるように支えたいって思う。なーんて、上からすぎるね!」  へらりと笑い、前髪を搔き上げる。  気持ち悪いほど真面目なことを言ってしまったから、どうにか中和するべく笑って誤魔化そうとした。だけどあかりちゃんはちっとも誤魔化されない。その上、本当に優しく微笑んでくれている。ああ、やっぱり空さんが選んだ彼女だ。とびきりいい人だ。

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