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八本目は誓いを_03

 やっぱりライブは生がいい。にわかな俺でさえ、深く実感するほど、生音はすごかった。  動画で何度も聞いたはずの曲がまるで違ったものに聞こえる。それは生音だからというだけじゃなく、音八先輩とちいちゃんが完全復活したからだろうけれど――いや、復活じゃない。覚醒だ。音八先輩とちいちゃんは、進化を遂げたのだ。  ちるちるは、今の音速エアラインを見てきっと涙を流しているだろう。涙を俺たちに見せたくなくて、舞台袖で見るという選択をした気がした。 「……ナナくん、本当にありがとう。昔の音エアが戻ってきた――違うね、昔よりもっといい。今までで一番いいライブだ。きっと、次のライブもそう言うと思う。ナナくんが音くんのそばにいてくれるかぎり、音エアは輝き続ける気がする」  視線を空くんに向けたまま、あかりちゃんが呟く。俺も視線を音八先輩に移した。  スタンドマイクを握り、髪を振り乱しながら歌う音八先輩はとびきりカッコいい。アップテンポなロックサウンドが多いからか、いつもより男らしく見える。男も女も、音八先輩に惚れてしまうのも納得の格好良さ。普段気だるげなのに、マイクを握るとあの輝きを放つのだ。あのギャップにやられない人はいないだろう。  やっぱり、音八先輩は『白金の人間』だ。血の繋がりはなくても、『白金の人間』としての圧倒的カリスマ性を放っている。いっそ宗教に近いほど、人を惹きつけてやまない。血の繋がりはなくたって、音八先輩はちゃんと『光王さんの子ども』だ。 「音速エアラインが輝き続けるためには、ちるちるやあかりちゃんもそばにいなくちゃだめだよ。だから、一緒に支えていこうね」 「もちろん! ハヤくんにも良い人見つかるといいんだけど」 「えっ、俺、音八パイセンの良い人としてカウントされてる系?」 「音くん、いつもは『とことん愛し合おうぜ』って言うんだよ。それが今日は『とことん愛してやるよ』って言ってたし、『お前たち』じゃなくて『お前』って言ってたでしょ。あれ、ナナくんに向けて言ってるでしょ」  うっわ、バレてる。あかりちゃんだからバレているのか、音速エアラインのファンならみんなが気がついてしまうのか――あかりちゃんだから、だと思いたい。  あの一回きり、音八先輩とは目が合っていない。寂しいような、少しほっとするような気分だ。目が合うたびに少女漫画のヒロインか? というレベルで胸がときめきかねない。ただでさえ、舞台に上がった音八先輩は無敵のヒーローみたいなのに。いつもはとことん闇属性な顔をして歩いているくせに、ほんとやめてくれ。  バチリ。音八先輩と目が合う。なんで今のタイミングなのかなと目を見開くと、音八先輩はゆるく口角を上げてウィンクを飛ばしてきた。ファンがわっと沸き、あかりちゃんに肘で突かれる。思わず顔を手で覆ってやり過ごそうとする。そうしても、音八先輩の歌声は俺の体にまとわりつく。まるでセブンスターの香りのようだ。苦くて、甘い歌声に俺はすっかり心奪われていた。 「あー……、ドーモ、音速エアラインでーす」  さっきまでの色気はどこに置いてきたとツッコミたくなるほどやる気のない声で音八先輩はMCを始めた。でも、ファンは慣れっこなのか「音八ー!」「サイコー!」雄叫びに似た声援を送る。あかりちゃんはもちろん空さんの名前を叫び、空さんもへらへらと手を振り返していた。末永くお幸せに!  音八先輩はファンの声援に応えない。無視しているわけではない、静かになるのを待っているのだ。ちるちるが言っていた、「冒頭は静かに、ゆっくりと」それがスピーチの基本なのだ。  しんと、心地よい静寂が訪れる。音八先輩はマイクを手にとり、とびきり穏やかな目で客席を見渡した。 「音速エアラインを結成して何年だっけ? 今年で六年?」  静寂を破る言葉にしては間抜けすぎる。客席に笑いが起こり、隼人さんが音八先輩の肩を思いきりど突いた。空さんはゲラゲラと笑い、ちいちゃんも小さく噴き出していた。  あ、いつものみんなだ。演奏中はずっと澄ましていたのに、MCになると素の顔を覗かせる。そういうのちょっとずるくない? 女性ファンどころか、みんなときめくぞ。現に俺もときめいている。 「それぐれえ覚えとけ! 今年の秋で六年だよ!」 「さすがハヤトはリーダーだわ、そうそう、六年だよな、みじけぇのか、長いのか、よくわかんねーわ、マジで。だけど、ひとつ言えることは、だめだめな低迷期でも俺たちを見捨てないでいてくれたお前たちには、感謝しかねぇってこと。あ、こっから急に真面目な話すっけど、大丈夫? お前たちついてこれる?」  音八先輩の口ぶりからは、真面目な話をするトーンとは思えない。だけど、音八先輩はいつだってそうだ。重たい話を、いつもと同じトーンで話す。少しでも重たさを感じさせないように。 「一生ついてく!」「音速愛してるー!」「音エアー!」「音ライン!」  ファンたちが声を張り上げる。その姿に、俺はメンバーじゃないのに、泣きそうになる。きっと、音八先輩のほうが泣きたいはずなのに、あの人は舞台の上ではヒーローだから、泣かないで必死に笑っている。ああ、それなら俺が音八先輩のかわりに泣いていいんだ。あの人が泣けない時、俺が泣こう。歯を食いしばって笑ってきた俺が、びっくりするほど素直に涙を流せていた。

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