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八本目は誓いを_04

「音速エアラインは、俺がメンバーをかき集めて始まった俺のためのバンドだった。コソ練してるハヤトとっ捕まえて、軽音部で一番上手いソラを引き抜いて、テキトーなイケメンにベースをやらせて、始まった。だけどリーダーはやりたくねぇからハヤトに押しつけて、なんやかんやあって千昭がベースになって、ようするに俺が生み出したバンドだって思ってた。だけど、音速エアラインは俺だけのバンドじゃねぇ。ハヤトにソラ、千昭がいてこその音速エアラインだし、なにより支えてくれるファンがいてこそだって、気がついた。俺、成長したと思わねぇ?」  音八先輩は穏やかに笑い「成長した!」「音八カッコイイ!」ファンたちが同調して、隼人さんが音八先輩の肩を小突いた。 「まぁ、それに気がつくまでに時間かかりすぎた感はあるよな。感じ方は人それぞれだと思うけど、高校卒業してからの音速エアラインは俺にとって完全に低迷期だった。音楽関係者が来ねぇライブはそれなりに頑張ることができるのに、関係者が来たら途端にやる気がなくなった俺をハヤトあたりはマジで呆れてたと思う。ハヤトとソラだけがいつでも全力、俺と千昭だけはやる気なしっていうメンバー間ですっげぇ温度差もあった」  音八先輩の言葉に隼人さんが眉根を寄せ「……別に呆れてねえよ」切なげに漏らしたため息さえもマイクが拾い上げてしまう。  隼人さんが音八先輩を呆れるわけがない。ずっと音八先輩とちいちゃんを信じていたはずだ。二人が前を向いて走り出してくれると信じて、ギターを弾き続けてきたはずだ。隼人さんの真面目さ加減は、俺だって知っている。まっすぐすぎる隼人さんは呆れるわけもなく、日々練習に励んでいたのではないだろうか。 「ハヤちゃんが音ちゃんに呆れるわけないじゃん。俺たちはなにがあっても音ちゃんとちいちゃんを信じてたからね。まー、ハヤちゃんは素直じゃないからそーいうことひた隠しにしちゃうんだけど」 「空さんやめろ、はずいだろ!」 「ハヤトのそういうとこいじり甲斐あるよね」 「千昭までうるせえぞ! てめえはもっと反省しとけ!」 「俺が反省とかしても嘘くさいでしょ」 「確かにな! 千昭はそのままでいいわ!」  三人がじゃれ合い、音八先輩が目を細める。その姿にファンたちが笑い、時には泣く。  ライブってすごい。こんなに人の感情が揺れ動く場所はほかにはない気がする。さっきまで笑っていた人が、次の瞬間は泣いている。そんなことってある? ないよ、ぜったい。 「千昭マジでフリーダムすぎるだろ。このフリーダムさがオンナの心臓を鷲掴みしちゃうんだよなー腹立つ」 「鷲掴みしておいて放置プレイするのがちいちゃんなんだよね」  ノーコメントとばかりにちいちゃんはそっぽを向く。きっと口を開けばちるちるのことを口にしてしまいそうだから、黙っているのだろう。賢明な判断だとマネージャーらしい思考に至ってしまう自分に笑った。 「でも一番ガチファン多いのハヤトだと思うんだよね。毎回ラブレターもらってるでしょ」 「俺のファンは千昭と違って男ばっかだよ! お前ら愛してるぞ!」  眉根を寄せた隼人さんがファンに向かって叫ぶと「ハヤトォ!」「愛してるぅ!」野太い悲鳴が上がる。マジで男ばっかりと手を叩いて笑うと「ハヤトがオトコにモテるのは置いといて、俺はオトコもオンナも関係なく、お前たちを愛してるぜ」音八先輩は大真面目に言った。いつもテキトーなくせに、きっちり決めるのは本当にずるい人だ。 「で、お前たちへの愛をしめす方法ってのは、たったひとつしかねぇよな。今日はお前たちへの感謝を、愛を伝えたくて、ライブをすることにした――俺たち、音速エアラインは八月にメジャーデビューする」  一瞬の静寂、弾けんばかりの大歓声。あかりちゃんも知らなかったのか「うそ、ほんとに? 聞いてないよ、空くん」ぽろぽろと大きな瞳から涙をこぼしていた。  サイコーの曲が出来たら、ちるちるの事務所からデビューする。その話を音八先輩から聞かされていた俺でも嬉しいのだから、知らなかったあかりちゃんやファンにとっては涙するほど嬉しい報告だ。 「今から歌うのはデビューシングルなんだけど、ひっさびさに俺が作詞作曲させてもらった。作詞はいつもやってるけど、作曲は普段使わねぇ脳みそ使うからマジで疲れた。今後はハヤトに押しつけてぇと思う」 「おい。てめえもやれや! 千昭や空さんもたまにはやれ」 「俺才能ないからなー。ちいちゃんはあるけど」 「ベースは裏方だからね」 「どこが裏方だ! てめえはいつでも暴れまくってるだろ!」  にわか音楽ファンの俺にとってベースは『裏方で職人気質』だったけれど、ちいちゃんは違った。自由でアグレッシブだ。ちいちゃんに憧れてベースを始める若者がいるのではと思うほどに、格好良い。そのかわり、隼人さんが堅実な職人に徹している。真面目で誠実、ちいちゃんと違って遊び心は少ないけれど、その不器用なほどにブレない真っ直ぐさに痺れる男が多いのも頷ける。 「遊び心ありすぎ千昭に真面目すぎハヤト、太陽みてーなソラにココロも顔面もサイコーな俺。いやー、音速エアラインって濃いよなぁ」 「なーに自分だけイケメン気取ってんだよ! つーか、まじめに曲紹介しろ!」 「あー、そうだった、曲紹介してたんだったわ。で、今回の曲は……こーいうの説明するのだせぇよな、とにかく歌うから聞いてくれ」  あ、今音八先輩と目が合った。うっかり自惚れそうになる。俺のために歌ってくれると勘違いなファンみたいに思ってしまう。 「んじゃ、聞いてください――僕のセブンスター」  いま、なんて言った? 僕のセブンスター?  ぎゅっと心臓を鷲掴みされて、目を見開く。音八先輩はふっと勝ち誇ったように小さく笑った。

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