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八本目は誓いを_05

「なぁ、セブンスター 愛してるなんてうすら寒いこと言わないでくれ 僕らは永遠の愛を語らうよりも 苦くて甘い接吻がお似合いだろ?」  サビから始まるその曲は、まるで俺と音八先輩の歌。これはきっと自惚れではない。  音八先輩が語るように呼びかけるセブンスター。それはきっと、俺のことだ。サイコーの曲って、俺のための歌だったのかよ。  震える手をぎゅっと握りしめる。ファンに愛を示すと言いながらも、音八先輩が歌っている曲は俺だけに向けたラブソング。言っていることと、やっていることが違う。そのことがわかっているのは、音速エアラインのメンバーとちるちる、あかりちゃんぐらいだ。この歌が音八先輩の実体験なんて、誰も思いやしない。だから、俺がどれだけ泣こうと、誰にも気づかれないはずだ。 「僕にとってはサイコーで お前にとっては最悪な出会い つらくてもへらへら 空気を読んで 歯を食いしばってでも笑うお前から すっかり目を離せなくなっていた」  ちるちるによって、出会うことになった俺たち。俺にとって、本当に最悪な出会いだった。  だって、初対面から人の心をガンガン抉ってくるなんて人としてどうなの? 俺じゃなかったら泣いてたよ? おうちゃんあたりなら震え上がってバイトやめるレベルだからね? 俺じゃなかったら、音八先輩の相手なんてきっとできない。だから、ちるちるは俺たちを引き合わせた。俺と音八先輩はぴたりとハマるってこと、ちるちるにはお見通しだったのだ。  ラブソングにしては、嵐のように激しいロックサウンド。遊び心ゼロだと失礼ながら思っていた隼人さんが、ちいちゃんを抑えることなく激しい。ああ、いつも我慢していたのだとはっきりわかるほど、ちいちゃんと張り合って激しさを見せる隼人さんは楽しそうだ。 「変わりたい でも変われない ずっと同じところで足踏みしていた お前にとっては些細な一言 僕をあっという間に変えたんだぜ」  え、と声を上げそうになった。だって、今の歌詞は。  ファンならきっとわかるであろう『あるオトコのウタ』のサビ。「いつかアンサーソング作ってくださいよ、あのオトコが無事に変わった姿を見たら俺頑張れる気がする」たしか、そんなことを言った気がする。まさかそれを覚えていてくれたのかと音八先輩を見つめる。  目を瞑ってスタンドマイクを握っていた音八先輩が、俺の視線に気づいたのか、ゆっくり目を開ける。ゆるく口角を上げた音八先輩に、負けたと思った。なにに負けたのか、音八先輩がなにに勝ったのかよくわからないけど、負けたと、たしかに思った。 「なぁ、セブンスター 愛してるなんていらないぜ 僕らは砂糖で固めた愛を送り合うよりも 刺激的な言葉で殴り合うほうがお似合いだろ?」  ふっと笑ってしまった。  恋愛は「愛してるよ」「好きだよ」「つき合おう」そう言って始まるものだと思っていた。だって俺、目を閉じてキスをする派だ。電気を消してセックスする派だ。だけど、俺と音八先輩にはそれは似合わない。似合わないというより、いらない。苦くて甘いキスをして、言葉で殴り合う。それが俺たちの愛の証明だ。  いますぐ、あの人に、音八先輩に、キスがしたいと思った。愛はあとからついてくる気がした。 「音八パイセン!」  大盛況でライブを終え、控え室に帰ろうとする音八先輩の手を掴む。汗だくな顔をタオルで拭く音八先輩は「サイコーだったろ」と無邪気に笑った。うっかり可愛いと思ってしまう自分に腹が立つ。 「……うす、サイコーでし、た」  悔しくて、もごもご呟くと隼人さんと空さんがゲラゲラ笑う。「だろー! 音エアサイコーだよなー!」「音速は日本一、いや世界一になるからな!」まだ酒を飲んでいないはずなのにまるで酔っ払いのテンション。ちいちゃんがここにいないのは舞台袖でちるちるとイチャイチャしているのだろうと勝手に察してから、音八先輩の腕をくいっと掴んだ。 「あ? なんだよほんご」  俺のほうへと傾いた音八先輩の唇を奪う。やっぱり、甘くて苦いセブンスターの味がする。 「ヒュー、ナナちゃんやるぅー!」 「は? 独り身の俺への当てつけか?!」 「とりまお邪魔虫は去りまーす、音ちゃん先に打ち上げ会場向かうからね!」  それぞれまるで違う反応をして去っていく二人に笑いながら、目を閉じると今度は音八先輩が笑う。そういえばここ廊下だったなと思い出した時には遅く、音八先輩の腕が後頭部に回り深く唇を重ねていた。  この人のキスは、遠慮がない。キスだけじゃなくて言葉にも。だから、音八先輩といると楽しい。四信先輩といた時はひたすら苦しいことが多かった、それが恋だと思っていた。きっと楽しいだけじゃなくて、苦しいのが恋なのだと今でも思う。じゃあ音八先輩とはなんなんだ、考えれば考えるほどわからない。きっと音八先輩もわかっていないのだ。俺といると楽しいから好き、そんな軽いノリ。それで、いい気がした。重たいものをたくさん抱えているこの人を、軽くしてあげられるのは、きっと俺しかいない。

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