3 / 9
事実は妄想よりも奇なり3
「陸空、はええよ。なんで運動部の俺より足早いんだよ……って、何をしているんだお前」
背後から駆け寄ってきた大祐が、陸空の肩を叩く。陸空は大祐を振り返り、ごくりと生唾を飲み込んだ。そしてすぐさま、目の前の存在に視線を戻す。
「何を見て……!?」
大祐も陸空の視線の先にあるものを見た気配がした。そして、ひゅっと息を呑む音がする。
陸空は大祐とともに、しばしその有り様に釘付けになった。
二人が目にしたものとは、廊下の中心で口付けを交わしている美男子二人組だ。確か二人とも、女子に騒がれているモテ男で、坂田 と不知火 という名前だったはずだ。
陸空は大祐以外には、よくこの二人も題材にして妄想を繰り広げてきた。それは彼らが、他の生徒と比べて遥かに、じゃれあう回数が多いからだ。
しかしその先の行為は、あくまでも陸空の妄想でしかなかったのだが。
「ん……っふ……」
生々しい息づかいまで聞こえてくる。これは現実かと疑った陸空は、大祐の手に触れてつねった。
「っいて!……陸空、何するんだ」
「しっ!現実のようだな」
「自分の手で確かめろよ」
「しっ!」
大祐の口を手で塞ぎ、声を潜めるように促した。どうやら坂田と不知火は、まだこちらの様子に気付いていないようだが、念には念を。
ひとまず大祐を物陰に引っ張り込むと、携帯で盗撮したくて仕方ないという欲求が爆発しかけた。
「おい、陸空。携帯で何をするつもりなんだ」
「決まっているだろう。邪魔するなよ」
いざ隠し撮りという段階で、横から伸びてきた手に携帯を奪い取られた。無言で睨むと、より強く睨み返される。
「言っておくが、犯罪だというのは百も承知だ。そういう真っ当な意見はお呼びではないぞ」
「そういうことじゃない」
「では、何が言いたいんだ」
大祐を見上げると、何故だか気まずそうに視線を逸らした。それを追いかけるようにして顔を近付けると、さっと手で顔を隠される。訳が分からない。
「分からないけど、むかつくんだよ」
「何が」
「陸空が他の男の写メを撮ったり、妄想したりすると思うと」
「そんなの、今に始まったことじゃないだろう」
「そうだよ。でも何か嫌なんだよ。これは何だよ。陸空、教えてくれ」
「知るか」
冷たく突き放して見せながらも、 突然悶え始めた大祐の心境を妄想を膨らませて当てはめかけ、慌てて抑え込む。そして、さもラブシーンを繰り広げている二人に見いっているふりをした。
「陸空」
拗ねたような声で呼ばないでくれ。
「俺を見ろよ」
「断る」
「何でだよ」
邪魔しないでくれ。ラブシーンに自分と大祐を重ねて見ているのだから。自分たちは、冗談でもあんなやり取りは出来ないのだから。
今隣にいて、陸空に必死に呼びかけている大祐は、恐らく自分の妄想が生んだ幻だろう。
大祐は陸空に妄想でもそういう目で見られることを嫌がっていた。大祐は陸空を追いかけてきてなどいない。
どこからどこまでが現実で、自分の願望か分からない。
そんなことを延々と考えながら、夢の中に浸っていると、夢の中の大祐が陸空を引き寄せて、その腕の中に閉じ込めた。
やけにリアルな感触の妄想だなとぼんやりと思い、大祐の匂いを嗅いだ。お日様の匂いがした。
「陸空、もう一度聞く。お前はどうして俺とのことばかり妄想するんだ」
「……それは」
「正直に言うと、俺はお前に願望をぶつけられている気分だった。告白みたいな」
言われた瞬間、かっと顔に熱が集中した。そうなのだろうか。大祐をからかっていたのではなく、自分の欲求から滲み出た妄想だったのだろうか。
今度は陸空が恥ずかしさで身悶えしたい気分になったが、捉えられていて動けない。
「お願いがあるんだ。妄想するなら、俺のことだけにしてほしい」
これはどういう展開だと結論に至る前に、大祐は陸空の妄想の中をなぞるような真実を語った。
「俺がお前を本当に好きになったとしたら、どうする?」
何度も繰り返し脳内でイメージした、大祐からの告白シーン。どうして大祐ばかりを妄想してしまうのかが、分かりかけていた。
ともだちにシェアしよう!