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第4話
楓が務めるのは大手玩具メーカの本社だ。とはいっても楓は接客には向いていないと自他ともに認めているので、しているのは発注や書類作成など裏方全般だ。常にデスクにかじりつき、パソコンで仕事を行う。人と関わるのが苦手な楓には、ひたすら一人で作業に没頭するこの仕事はもってこいだった。
今日もひたすらにパソコンと睨めっこをして夕方に退社する。過酷労働や残業のし過ぎなどに社会が目を光らせている今では、会社もあまり無茶な残業を言い渡すことはできず、定時少し過ぎたあたりでタイムカードを切った。帰りにスーパーによって総菜を買おうかと思ったが、さして食欲があるわけではなくどれも欲しくない。しかし何か食べないといけないだろうと寒天ゼリーを一つだけ買って帰宅した。
家についてさっさとネクタイを外す。ジャケットも脱いでハンガーにかけ、ちゃんとしたパンツも堅苦しいので脱いでジャージに着替えた。カッターシャツも洗濯機に放り込んで、使い古したシャツを着て、湯を沸かして珈琲を入れる。小さなスプーンを出して寒天ゼリーを食べながらテレビをつけた。かといって見たい番組もない。ただただ流れる番組の雑音を聞き流す。ふわりと欠伸が零れた。
そういえば今日は給料日だった。だが特に欲しいものもない。アパートの家賃と食費、携帯代と水光熱費――……。しかし独身の一人暮らしではさした金額ではない。オメガゆえに抑制剤などの薬代は馬鹿にならないが、それでも有り余っているほどだ。物欲もなにもない。パチンコも競馬も何も興味がないのでしないし、映画を観たいというような欲もない。高級な腕時計やブランドもののスーツなども欲しいと思わない。時間がわかればなんでもいいし、スーツも社会的に失礼でない程度であればそれでいい。貢ぐ恋人も、孝行するべき親もいない。どうやって金を使うか、そんな誰かに聞かれたら殺されそうな悩みを楓は持ち続けていた。
明日は休日だ。家にいても特にすることはない。ならば久しぶりに外へ出るもの一興かもしれない。どうせ時間も金も有り余っている。電車に乗らなければならないが、少し遠出をして昔家族で行った懐かしい植物園に行こうか。たしか昔行ったのもこの時期だ。美しい色とりどりのチューリップが一面に咲き誇るその光景はしばし現実を忘れさせてくれる。特別現実に不満があるわけではないが、それでも少し、何もかもを忘れたい時がある。行ってみるのも一興かもしれない。
そうしようと明日の予定を簡単に頭の中で整理して、そうと決まれば早く寝ようと楓は用意もそこそこに風呂へと向かった。
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