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彼の婚約者
「バイトがあるから、先に帰ります」
一刻も早くこの場から立ち去りたくて、リュックに手を伸ばした時だった。大内さんと目が合ったのは。
「・・・!」
彼女が何か思い付いた様だった。
嫌な予感がして、慌てて目を反らしたけど・・・
「折角だから、彼女が悩んでいるもう一着の方、試着してみない!?絶対、似合うと思う」
「それ、いいかも」
凛香さんはその手があったんじゃないと、既にノリノリで。
「むっ、無理です」
男だし・・・
似合う訳がない。
「俺も、見てみたいな」
なんで、信孝さんまで、そっちの味方!?
「見なくていいですから」
「折角だし」
「嫌です。絶対、嫌!」
抵抗はしたものの、大内さんに引っ張られ、そのまま、試着室に連れていかれた。
着替えや、メイク。全てされるがまま。信孝さんさんと凛香さんの反応を見てのお楽しみという事で最後まで鏡は見せて貰えなかった。
「可愛い」
試着室から出てきた僕に、凛香さんが歓声を上げた。
信孝さんも、最初は声も出せないくらい驚いて、それから、目を細め、うっとりして見入っていた。
恥ずかしいから、そんな、見ないで欲しい。
凛香さんと並んで写真を何枚か撮影し、これで、終わりだと思ったら信孝さんとも写真を撮影する事になった。
「ぼ、僕は、いいです」
「なんで嫌!?」
一度は断ったものの、悲しそうな眼差しを向けられてしまい、頷くしかなかった。
戸惑う僕とは対照的に彼は落ち着いていた。表情までは恥ずかしくて、顔を上げられなかったから分からないけど。
「ナオくん、前向いて」
凛香さんに言われ、仕方なく顔を上げた。シャッター音が鳴る直前、信孝さんの腕がさりげなく腰に回され、そのまま抱き寄せられた。あまりの突然の事に驚いた。逃げるつもりはなかったものの、彼にはそう思えたのか、更に力を込められた。
そして、いつの間にか凛香さんの周りには人だかりが出来て、撮影会みたいな事になっていた。まさか、新婦が男だと誰も知る由もない。
凛香さんも、納得の一枚が撮れ、上機嫌だった。
「柚さんに送っておいたから」
「余計な事、しなくていい」
柚さんは、信孝さんの妹さん。
ということは、彼の実家にもこの恥ずかしい写真が出回るという事になる。
これでは恥の上塗りだ・・・
明日から外を歩けない。
「もういいだろう」
僕の心情を察したのだろうか。信孝さんが、軽々と僕を抱き抱えた。
「の、信孝さん!」
「・・・」
「一人で歩けますから」
聞き取れなかったけれど、ぼそっと何かを呟いた様だった。
さっきまでとは違い、顔つきが何だか恐い。聞き返す事も、彼を拒む事も出来ず、結局、そのまま試着室に連れていかれた。
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