4 / 32

彼の婚約者

姿見鏡を見て、まず、自分に驚いた。 「だから言っただろう。可愛いって」 「凛香さんに言って下さい。そういうのは。僕、男だし・・・。あの、ファスナー下ろすの頼んでいいですか!?」 「あぁ、これ!?」 背後に立つ信孝さんが、背中のファスナーを下ろしてくれた。 「あとは、自分で出来るから、大丈夫です。の、信孝さん!」 そのまま脱がされ慌てた。 「ま、待って」 「何で!?」 「じ、自分で出来るから」 「手伝うよ」 にこっと、笑い、楽しいのね、脱がせるの。そんな感じで、結局最後まで手伝って貰った。 彼が触れた箇所がジンと熱を帯びる。 それが、静かに降り積もる雪の様に、積み重なっていく。 本当は、もっと、もっと、触れて欲しいし、自分からも触りたい。でも、彼には、凛香さんがいる。重なれば重なるだけ、その分苦しみも増す。 着替えが終わり、信孝さんに送って行くよ。と言われたものの断った。これ以上、一緒にいても辛いだけだから。 駅前のバスターミナルの一番線から、巡回バスに乗り込み、手前の座席に腰を下ろすと、さっきまでいたホテルの前を通過した。まだ、打ち合わせが残っているようで、帰りが遅くなるかもと彼。迎えは光希さんに頼んでくれた。 最初、この思いが何なのか分からなかった。 ただ、彼の側に置いて貰えるだけで充分だった。でも、凛香さんとの婚約を彼から聞いた時、涙が出るくらい悔しくて、そんな自分が情けなくて、訳もわからず無性に腹が立って・・・。 そして、ようやく気が付いた。 彼に恋している自分に。 自分より、ずっと年上で、しかも、同性の人を好きになるなんて思いもしなかった。だからこそ、こんなにも胸が締め付けられるのかもしれない。

ともだちにシェアしよう!