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彼の弟さん
あれ!?
いつも通りバイトに向かおうと、一階のエントランスを歩いていた時だった。
壁に寄り掛かり、座り込む大柄の若い男性の姿が目に飛び込んできたのは。少し迷ったけれど、無視出来なくて、声を掛けた。
「あの・・・大丈夫ですか!?」
「二日酔いと、車酔いで、気持ち悪くて」
顔面蒼白で、その表情はかなり辛そうだった。
「二○三に知り合いが」
吐き気に襲われながら、男性が口にしたのは、自宅のある部屋番号だった。
信孝さんから、来客があることは知らされていない。
でも、ここで、戻されては近所迷惑になる。そう思ったら、体か勝手に動いていた。
彼の肩を支えながら何とか体を起こし、エレベーターの釦を押し、扉が開くと同時に乗り込んだ。
二階まで数十秒。
到着するなり、自宅のトイレに駆け込んだ。
「大丈夫ですか!?」
ギリギリで何とか間に合った。彼の背中を擦りながら、その横顔に目を遣ると、さっきよりは顔色が大分良くなった様な気がした。
端正な顔立ちと、やや切れ長の目。
見れば見るほど、信孝さんによく似ている。
「悪い」
男性が小さく一言。
「もう少し、横になりますか!?」
「ああ」
「じゃあ、起こしますね」
再度、彼の肩を支え、 ゆっくりと移動をはじめたものの、ずっしりとしたその重みに足が震えた。
さっきまでいかに無我夢中だったか、改めて思い知らされた。
一番近い信孝さんの部屋についた頃には、全身から汗が噴き出していた。
「助かった」
ベッドに横になるなり、彼はスヤスヤと穏やかな寝音を立て始めた。具合が悪いのと、寝不足と疲れ。みんないっぺんに重なって。
バイトに行っている間、大人しく寝ていてくれる事を祈りつつ、そっと彼から離れようとした時、いきなり手首を掴まれ、そのまま後ろに引っ張られた。
「ちょっと、待っ・・・」
余りにも突然のことに、抵抗も出来ず、気が付けば、布団の上に寝転がり、男性に抱き締められていた。
「あ、あの!」
何がおこったのかすぐには理解出来ずにぽかんとしていると、くすくすと笑われた。
「゛龍゛だ。信孝さんの弟だ。誰か一緒じゃねぇと、寝れねぇんだ。五分でいいから、付き合え」
「えっ!?弟さん!?」
そんなの一度も聞いていない。
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