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彼の弟さん
帰りも昆さんが迎えに来てくれた。
縣家では、子守りの他、家事全般が担当と昆さん。お客さんにそこまでしてもらう訳には、と断ったもの、いえ、大丈夫ですよ。と怖いくらいの笑顔で押しきられた。
家に帰ると、凛香さんの笑い声が耳に入ってきた。
リビングでは、彼女を囲み、談笑する信孝さんと、光希さん、そして龍さんの姿があった。
どうしてもその輪に入れなくて、声さえ掛けられなくて、ただ、立ち尽くすしかなかった。
だから、昆さんの声が耳に入らなかった。
肩を叩かれ、ようやく、呼ばれていた事に気が付いた。
「ジャンパーを脱いできて、ご飯にしましょうか。龍成さんと、光希さんは、もうお酒が入ってますので」
昆さんに変に思われたかもしれない。
その鋭い眼差しに何もかも見透かされているようで、まともに彼の顔を見ることが出来なかった。
部屋に荷物を置き、リビングに戻ると、凛香さんが、コートを手に帰り支度をしていた。
「ご飯食べていけばいいのに」
「ごめん、約束があって」
信孝さんと、そんな会話を交わしていた。
「昆さん、すみません」
「いいえ、大丈夫ですよ。赤ちゃんがお生まれになったら、毎日、美味しいもの作って差し上げますから」
その言葉に、龍さんが素早く反応した。
「羽伸ばせる・・・とでも!?」
小さくガッツポーズした彼を、昆さんが見逃す訳もなく。
「私がいなくても、一央さんが、しっかりと貴方の面倒を見てくれますよ。いい機会ではないですか、ご兄弟同士、仲良くなって」
「お前は鬼か」
龍さんが、ぼそっと呟いた。
会話に全く付いていけない僕に、光希さんが説明してくれた。
「一央さんは、柚さんのご主人。龍の嫌いな、真面目な性格で、それ程歳が離れている訳でもないのに、どうもウマが合わないみたい。それにしても、ナオ、信孝に弟がいてびっくりしただろ」
「うん。でも、昆さんが話してくれたから」
「そっか。まぁ、見た目と、口は悪いけど、いいヤツだよ」
普段、どちらかと言えば寡黙な光希さん。お酒が入っているせいか、饒舌で、表情もいつになく柔らかい感じがする。
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