4 / 17

理由1

 入学して一か月ほどが過ぎた頃、いよいよ体育祭の準備が大詰めとなった。記憶のない宵娯は当然ながら体育祭というものがどういうものかも知らない。  そもそも長い間眠っていて、そのまま成長したようなものだから、学校に通ってさえいないのかもしれなかった。ドクターストップはかかっていないが、念のため様子見ということで、今年は極力激しい競技には参加しないようにと言われている。  それでもお祭り気分に盛り上がる周りの空気が好きで、当日が楽しみでならない。時には見学したり、時には準備を手伝ったりと宵娯なりに充実した日々となっていた。  休憩の合間に、クラスメイトに目玉は何だろうと尋ねてみたところ、烏山(からすやま)というクラスメイトがいち早く反応を返す。 「体育祭の目玉?俺らは新入生だから分からないけど、先輩曰く、応援合戦の演舞がかなり力が入っているらしい。あと、ありきたりだけど締めのフォークダンス。やっぱり好きな人がいたら一緒に踊れる機会なんて他にないし」  すると、近くにいた川内という生徒が口を挟んだ。 「烏山、フォークダンスなんてかなり短い間しか踊れないぞ。流れ作業みたいなものだって。それに、狙っている女子でもいるのかよ」 「あ、そっか。女子としか踊れねえのか」 「何当たり前なこと言ってるんだよ。野郎同士で踊って楽しいか?」 「いや、俺は」    烏山が、何か言いたげに宵娯を見る。どこか赤い顔をしていた。 「分かった、お前宵娯がす――」 「うわあ!お前黙れよ」  烏山が大慌てで川内の口を塞ぐが、宵娯には筒抜けだ。揶揄うつもりで烏山の首に腕を回し、引き寄せて囁いた。 「そういえば烏山とはしたことがなかったな。一発どうだ」 「なっ――」 「我はいつでも歓迎するぞ」  赤い耳元に息を吹き込むようにすると、烏山はこれ以上ないほど赤面し、がちがちに固まった。 「こらこら、いちゃつかない!やるならやるで、後でやってくれ」  川内の台詞が烏山には別の意味に聞こえたに違いない。ようやく我に返ると、大きな声で叫んだ。 「俺はやらない!まだ!」 「何の宣言だよ」    川内を含め、いろんなクラスメイトに揶揄(からか)われる烏山を見ながら、宵娯もその中に混じって笑った。頭の片隅で、侑惺はどの競技に出るのだろうと考え、本人が答えてくれなければ有沢に聞こうと思った。  日が暮れるまで準備をした後、まずは侑惺を探して六組に向かう。教室を覗くと、こちらも今まで準備をしていたようで、生徒が体操着で小道具を運んだりしていた。 「あれ、宵娯君じゃん」 「え、本当だ。やば、私メイク崩れてない?」  すぐに女子生徒に囲まれてしまい、愛想笑いをばらまきながら、彼女たちの頭越しに侑惺の姿を探そうと見回す。  すると教室の窓側に立ち、何人かのクラスメイトと笑い合っている侑惺を見つけた。たった一度しか自分に向けられたことがないその表情を、仲間には簡単に見せているという事実に、微かに理由が分からない感情が芽生えるのを感じる。 貴重な彼の表情を目に焼き付けておこうとじっと見つめていた時、視線に気付いたのか、それとも女子生徒が騒いでいることが気になったのか、不意に彼がこちらを見た。 「ゆう――」  名前を呼ぼうとしたが、女子生徒を掻き分けて進むまでもなく、侑惺は宵娯を綺麗に無視して仲間との談笑を再開する。それならばと、わざと大きな声を出した。 「誰か侑惺の出る競技を知っている人いない?」  すると、侑惺がこちらを振り向かないままぴたりと動きを止める。皆の視線が侑惺と宵娯の間を行き来した。それでも侑惺が答えないのを見て、侑惺の近くにいた男子生徒の一人が声を上げる。 「なんだよ、お前ら喧嘩してんの?早く仲直りしろよな。ひとまず俺が代わりに答えてやるから言え」  侑惺から強引に聞き出したらしく、伝達係を買って出てくれた気のいい生徒が、宵娯の元へやって来る。 「騎馬戦とクラス対抗リレーのアンカーとかだってさ。ちなみに騎馬戦では上に乗る方だから見やすいかも。あいつ、意外と足早いからさ、桜庭のクラスを負かしてしまうかも」  挑戦的に笑ってきて、それに対して笑みを返すと、分かりやすく照れたような顔つきになった。 「ありがとう。じゃあ、我はこれで」 「待てよ、侑惺と話して行かないのか。なんなら、俺が後であいつに理由とか聞いてやるから」  そのまま立ち去りかけた宵娯を呼び止め、そんなことを言ってくれる。気持ちはありがたいが、恐らく今のままでは何も答えてくれないだろう。 「いや、気持ちだけありがたく受け取っておく」  そして女子生徒にも軽く挨拶を済ませ、その日は潔く立ち去った。  当然ながら、これだけで侑惺を諦めるつもりはさらさらなかったのだが、競技が分かっただけでも収穫だ。全力で無視できないほど応援してやることを心に決め、当日を待ち遠しく思った。

ともだちにシェアしよう!