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忍び寄る過去1
視界を埋め尽くす艶やかな花々が、むせかえるような芳香を放つ。見る者を幻惑し、どこかこの世ならない場所へ誘い込もうとする桜の有り様には既視感を覚えた。
知らないはずの景色なのだが、見慣れたものだと五感が訴えかける。そうやって初めて、これはいつも見ている夢なのだと認識した。目が覚めると綺麗に忘れてしまうために、夢の中に入った時にしかそれを思い出さない。
桜の木に触れると、現実と等しく樹木の感触が生々しくある。これが現実だと錯覚しかけて我に返るのは、決まって目線の高さの違いのせいだった。今の半分かそれよりも低い。ここから見上げる景色は何もかもが記憶にないものだ。
「宵娯、こっちにおいで」
聞き慣れない女性の声であるのだが、反射的にあれは母であると感じた。無意識のうちに体が動き、呼び掛けてくる女性の元へ走り寄る。
顔は曖昧にぼやけているが、とても美しい顔立ちだ。そしてそれはどこか宵娯に似ている。
そうか、自分は母親譲りなのだ。どうしてそれを忘れていたのだろう。
母親に手を繋がれて歩いていくと、急速に景色が移り変わっていく。辺り一面の銀世界だ。はしゃいだ心地で駆け回っていると、背の高い男が宵娯を掴まえ、慌てたように叫んだ。
これは父だと、また唐突に理解する。何事かを必死に言い募った父は、宵娯に何度も逃げろと伝えてくる。
その後ろから、同じ格好の人々が追ってきていた。ただならぬ気配に足がすくみ、思ったように動けない。
そうしている間にも、人々は恐ろしく無表情に宵娯を捕らえ、手足を縛り付ける。悲鳴を上げたところで、絶対に誰も助けに来てくれない。
人々がメスを振り上げ、今にも宵娯の体を切り裂こうとしている。
そこで、心臓が飛び出さんばかりに暴れ狂い、ようやく眠りから覚めた。気持ちが悪いほど大量の汗が滴る。それを拭うことも忘れ、いつもと違って夢の内容を明確に覚えていることに戸惑う。
記憶喪失というのは嘘ではなかったのだが、誰に言われなくとも、夢の内容は明らかに過去に関係していると分かる。思い返すと、夏場でなくとも寝汗をかいて起きることも時々あった。
あの夢を繰り返し見ていたせいに違いない。それを起きる瞬間に毎回忘れてしまったのを、なぜ今になって覚えているのか分からない。
夢の内容を事実か確かめようにも、その術はない。果たして誰に、どうやってと思い巡らせた時に浮かんだのは、あの謎の男だった。白衣に身を包んだ、宵娯よりも背の高い男。
名前さえ知らないはずのあの人物の姿形が、鮮やかに脳裏に甦る。今ならばどこか懐しささえ感じるあの男に、どうしても会って話がしたい。
朝が来たら情報収集を始めることを決めて、素早く着替えを済ませると、目が冴えたまま床についた。長い夜が明けて空が白み始めてようやく眠りについた。
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