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櫻人2

 自分の上げた悲鳴で急激に意識が浮上していく。荒々しく息を乱しながら、全身に冷たい器具の感触を覚えた。獣を繋いでいるように、両手両足を拘束されているだけではなく、心電図を取る時のような吸盤を胸元に張られ、機械音が無機質に宵娯の鼓動を伝えていた。 「ここは……」  どこだ、と問いかけるまでもなく、溢れ出した記憶が訴えかけてくる。ここは来たことがある。そして、逃げなければ大変な目に遭うと警告している。  失っていた記憶が蘇ったのは、それを思い出さざるを得ないような状況に追い込まれたからかもしれないが、考えるのは後だ。  ひとまず枷をどうにかしようともがいたが、不快な金属音を立てるばかりで、頑丈に絡み付いて外れない。鍵穴を見つけたが、ピッキングの技術もなければ、また片手の自由も得られなければ意味がない。  悪足掻きと知りながら、手首と足首が痛み出しても構わずに暴れると、自動ドアが開いて室内に人が入って来た。  絶望が押し寄せてくる。それでもその相手を見ようと首を捻ると、あっと声を上げそうになった。その様子を見て、男は見慣れた愛しい人と同じ笑い方で告げた。 「少し昔話をしようか」    宵娯が連れ去られた後、残された侑惺はというと、何故だか職員室に呼び出されていた。すぐに宵娯を助けに行かなければと焦りを募らせるが、そんな侑惺を強引に応接室に入れて椅子に座らせると、君と話をしたいという人がいると言われて、かれこれ十数分待たされている。  いい加減痺れを切らし、叱責を食らうのを覚悟で立ち上がりかけた時だった。 「すまない。待たせたな」  先ほど宵娯を連れ去った人々と同じ白衣を羽織った男だった。その男と入れ替わるように、教員が出ていく。  応接室に二人になると、瞬時に身構えるが、男は長身の体を折り曲げ、低く頭を下げて言う。 「私たちの事情に巻き込んですまない。だが、君のために言わせてもらう。宵娯とはもう関わらない方がいい」 「なぜあなたにそんなことを言われないといけないんですか」 「私が宵娯の本当の父親だからだ。宵娯は今、義理の両親と暮らしているが、あの姿を見間違うはずがない。正真正銘、私の息子だ」  突然告げられた事実に絶句し、ふと宵娯が探していた人間の特徴と一致することに気が付いた。しかし、そのことと侑惺が関係を持ってはならないことがどう繋がるかが分からない。その疑問が顔に出ていたのか、宵娯の父親と名乗る男は訊いてきた。 「話をする前に、一つ尋ねてもいいかな」 「何ですか」 「君は、宵娯とはどういう関係なんだ」  問いを受けた途端、宵娯に口付けられた時のことを思い出し、唇が熱を帯びた気がした。狼狽えてしまったのが伝わったのか、男は眉を潜める。 「友達、です」  答える声が震えて、さらに言葉が曖昧に濁った。どうして動揺している自分がいるのか、もう分かっている気がした。それを見抜いたのかどうか分からないが、男は溜め息を溢した。 「でも、少なくとも宵娯はそうは思っていない。そうだね?」  今度は否定のしようがなかったので黙っていると、男は淡く微笑んだ。その笑みに宵娯の面影を見て、確かにこの男は彼の父親なのだと確信した。 「櫻人が恋に溺れるなんてね。私の時とは逆だな。やはり君は特別なんだな」 「さくらびと?」  どこか神聖な響きのある言葉を発すると、体の奥が疼いた。その言葉を知っている気がしたのに、それが何だったのか分からない。 「どこから話そうか。まずは……」 「あの。その前に、宵娯は大丈夫なんですか?」 「宵娯がどうしたって?」 「知らないんですか?彼は連れ去られたんです」 「まさか……」  途端に表情を険しくした様子を見ると、何も知らないのだろうか。もっとも、それが演技でなければだが。どうにもこの男を信用しきれないのは、空気や身なりがあの異様な一団と似通っているせいだろう。 「ちょっと失礼」  男は一言詫びを入れ、どこかに電話をかける素振りをした。どうやら相手が出ないらしく、苛立たしげに顔をしかめる。 「あいつら、勝手な真似を……。息子には手を出さない約束だったのに」 「彼等のことを知っているんですか」 「知っているも何も、私は……。誤解がないよう説明したいが、残念ながら時間がないようだ。後日説明するので、君はそのまま授業に……」 「今さら後には引けません。俺を連れていってください」  頭を下げて頼むと、男は溜め息をつきながら渋々頷いた。 「ついてきなさい。説明は車の中でしよう。学校側には私から言っておく」  素早く立ち上がり、急かして来るのを見て、自分から頼み込んでおいてなんだが、一瞬信用していいか迷いが生じる。このまま自分も怪しい組織に連れ去られるのではないかと。 「何をしている。宵娯を助けたいのだろう」  その台詞でようやく決心がつき、男の後に続いて応接室を出た。  

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