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「ふ、…あ」 その瞬間わけが分からなくなった。現実なのか妄想の世界なのかも。俺が今キスをしている人は妹の彼氏だということも全部。 「は、あ、ン」 盛りの付いた犬の如く息を乱しながら、俺は武宮さんの乾燥している唇を潤すべく、自分の舌でペロッと舐めてあげた。すると武宮さんがくくっと喉奥で笑ったことに気付く。 「ん、ン…?」 「お前、がっつき過ぎ」 「た、けみやさんっ」 「…俺にも“練習”させろよ」 吐息交じりの低い声で笑われながらそう言われてしまった。至近距離で見た武宮さんの楽しそうな表情に、不覚にも腰が砕けた。 「武宮さん、武宮、さ、んっ」 チュッ、チュッと音を立てて武宮さんの唇に吸い付く。どうせ妄想の世界だから関係ない。何しようが俺の自由だろ。 「俺はどうすればいい?」 「し、舌っ」 「…舌?」 「ふ、ァ…舌、絡めて…、」 好き、好き、好き。 そんな事を思いながら俺は武宮さんの目を見つめながら、口付ける。すると武宮さんは俺の言った通り舌を絡めてきた。 「ン、ぅ?」 口内で蠢く武宮さんの熱い舌。荒々しく激しい動きに、唾液すら飲み込めなくなって、どちらのものか分からないほどに混ざり合った唾液を口端から零してしまった。……勿体無い。全部飲みたいのに。 「…ン、は…ァ」 というか、練習なんて必要ないくらい武宮さんキス上手いじゃんか。やばい、俺キスだけでイっちゃいそうなんだけど。 「……次は?」 「…た、けみや、さ…」 「なぁ、次」 「あ、…ン…?」 「…俺は何をすればいい?」 「……つ、ぎ?」 …次。そうかこれは武宮さんの練習だから、俺がちゃんと指示して教えてあげなくちゃいけないんだ。…でももうそんなこと考えられない。 「わ、かんない…っ」 「…ん?」 「も、分かんないよ…」 考えられない。そんな余裕はない。それに元々そういう知識ないし。だってこれが俺のファーストキスなんだから。 武宮さんのキスに溺れきった俺は、もう何も言えずただ目の前の愛しい人の名前を何度も連呼した。 「…ふ…あ」 すると武宮さんは武宮さんで何も言えずに快楽に溺れきっている俺の口内をずっと舌で掻き回してくれた。 …幸せだ。俺このまま死んでもいいかもしれない。ずっと武宮さんを見ていたのだが俺はもっともっと至福に浸っていたくて、開けていた目を閉じた。 「ただいまー」 ……しかし、そうも甘美な時間というのは続かないらしい。 「……っ!?」 俺は聞こえてきた妹の声に、ハッと溺れきっていた意識を取り戻す。そして目の前に居る武宮さんを押し退ける。 「………」 「あ、…お、俺」 最低の屑野郎だ、俺は。 夢なわけ、妄想なわけないじゃないか。 ど、どうしよう。取り返しのつかないことをしてしまった。恐怖と焦りで指先が震えてきた。妹の彼氏になんてことを…っ。武宮さんにも俺の気持ちがバレてしまったのかも…。 焦る俺とは正反対に、いつものように冷静なままの武宮さんから急に口の端を指の腹で擦られた。 「…武宮さ、ん?」 「付いてる」 「……っ!」 飲みきれなくなっていた唾液だ。 それを今拭われた。 「お兄ちゃん、雷君、ただいま!」 俺は妹に気付かれないように急いでその場から立ち去った。妹の声が聞こえてきたがそれを無視して、自室に閉じ篭った。 最低だ、最低だ。 「死にたい…」 でも死ぬ勇気はない。 だからお願いだから俺の存在自体をなくして欲しい。元々産まれていない設定にして欲しいんだ。神でも悪魔でも誰だっていいから。 そしたら男に、…妹の彼氏に手を出すような最低なことをしなくて済んだのに。 俺は初めてのキスの余韻に浸ることすら出来ずに、ただ声を押し殺して泣いた。

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