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その逞しい背中に見惚れていると、…俺はいつも下り慣れている階段から足を踏み外してしまった。
「……っ、」
悲鳴すら出なかった。
身体が前のめりに倒れ込む。何だか体験したことのある浮遊感。きっとすごいスピードで身体は倒れているというのに、何故だか全てがスローモーションに見える。
このままでは前に居る武宮さんを巻き添えにしてしまう。そんなのは嫌だ!と思いながらも、どうすることも出来ずただ目を瞑って衝撃に備えていると、……急に身体を抱き締められた。
「……っ、」
それは、もちろん俺の前に居た武宮さんに。
ギュッと一際強く抱き締められると、ふわりといい匂いがした。俺は武宮さんの胸の中にいるらしい。
「…え、…あ、れ?」
「………」
もしかして、俺はまた武宮さんに助けられた…?
あの時のように?そんなこと、…二度もあるわけない。だけど、だけど…現に今、俺はまた武宮さんに助けられている。
乱れる息を整えていると、武宮さんがポツリと喋った。
「お前いつも落ちてばっかりだな…」
そう言った武宮さんは、俺の身体を支えるように抱き締めながら、心配そうに、だが何処か懐かしむように笑みを浮かべた。
「…え?」
俺のこと、…覚えているのか?あの時のこと、武宮さんも覚えているのか?
俺が駅の階段から落ちたのを武宮さんに助けてもらったこと。な、なんで覚えているんだ…?
「俺のこと、…覚えているんですか…?」
「………」
この無言は肯定と取っていいのだろうか。
…覚えているなら、何で今まで言ってくれなかったんだ?全然そんなそぶりを見せてくれなかったじゃないか…。
確かに、覚えてもらっているならそれは嬉しい。
……だけど。
それと同時に、怖い。
武宮さんは本当は俺の気持ちに気付いているんじゃないか、…そう思えて仕方が無い。
「…気を付けろよ」
混乱する俺の頭を撫でると、武宮さんは妹と一言喋った後、帰っていてしまった。
「……な、んで…」
俺の心臓はまだ煩いまま。
それは落ちる恐怖を味わったせいなのか、…それとも…。
「………」
武宮さんが帰ってからどれくらいの時間が経っただろう。一時間、二時間、…いやもしかしたら日付すら変わってしまったのかもしれない。俺はあれからずっと、ベッドの上で布団を頭から被り全てを遮断している。
光も時間も何もかも。
あんなに毎日ベッドの上で思いを寄せていた武宮さんのことだって今は考えたくない。
……だって、だって…っ。
武宮さんも俺のことを覚えてくれていたなんて。まだ確実なことではなく憶測だが、おそらくそうだろう。あの口ぶりはあの時のことを覚えているに違いない。
「……っ、」
ということは、俺が武宮さんに思いを寄せていることも勘付かれているかもしれない。そう思うと、すごく怖い。
折角話すことも出来たし、握手も出来たし、…それにキスも出来たのに。それも全て下心有りだったとバレていたのかな…?
もしかしたら嫌われてしまったかな?
「はぁ、死にたい…」
武宮さんに嫌われるくらいなら、死んだ方がマシだ。それに妹に気持ち悪がられるくらいなら死んだ方がマシだ。
だからやっぱりあの時のキスで死ねたら良かったんだ。武宮さんとの濃厚なキスで窒息死なんて、やっぱり今思ってもロマンチック。俺なんて生きる価値もないのに。
頭から布団を被って、もう一度はぁ…と溜息を吐いた所で部屋の扉がコンコンとノックされた。
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