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ベリアルの過去《3》

「昔の魔界は、今の様に魔王を中心とした世界では無かった。力こそ全て。強い者が弱い者を支配し、従属させる。戦争も、今の非では無い程に、至る所で起こっていた。あの頃は、実に良い時代だった」 そう言って、ベルゼブブ様は懐かしそうに目を細めた。 けれど、聞いている私は、恐ろしさのあまり冷や汗が吹き出す。 良い時代だったとベルゼブブ様は仰るけれど、聞いた限り全く良いとは思えない。 今だって、魔界は恐ろしいのに、そんな時代に魔界へ来ていたらと想像しただけで気絶してしまいそうだ。 魔界に少しは慣れたと思っていたけれど、やっぱり悪魔さんの感覚にはなかなか慣れる事は出来ない。 ベリアル様の事も、ベルゼブブ様の事も大好きだけれど、時々お二人が恐ろしく思えてしまう。 そんな私の様子に気づいたのか、ベルゼブブ様は私の背中を軽くポンポンと二度叩いた。 「恐がらせてしまった様だな、ルノア。すまない」 「い、いえ…」 本当は凄く恐ろしかったけれど、反射的に首を振る。 「それが、俺が幼い頃からの当たり前の世界だったのだ。強い者が生き残り、弱い者は朽ちていく。そんな分かりやすい世界を俺は気に入っていたのだ」 「…」 天界の事を、今でも懐かしく思い出す。 もう二度と戻れない、美しい生まれ故郷。 天界の事を思うと、幸せだけれど何だか少し寂しいような、切ないような気持ちになる事がある。 ベルゼブブ様も、それに似た気持ちなのかもしれない。 「そんなに心配そうな顔をするな。古い悪魔にとっては、少々生きづらい世になったというだけの事だ」 そう言って、ベルゼブブ様は少し寂しそうに笑った。

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