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第54話

「はっ…ン…」 足音や笑い声が遠くで聞こえる中、薄く開いた唇に舌を捩じ込んで口腔内をしゃぶる。 ぴちゃぴちゃと辺りに水音が響いても気にせずに俺も東儀も夢中でキスをした。 唇を食み、歯列をなぞる。 舌を吸い上げ、これでもかと唾液を飲ませた。 汗腺からじんわりと出た汗が雫を形成し、体に張り付いたシャツが気持ち悪い。 俺の影の中にすっぽりと収まっている東儀の表情は、翳っていて細かく読み取れない。 俺達は誰が来るとも分からないこんな場所で、執拗にキスを繰り返した。 「降参、のぼせる…」 繋いでいた指はいつの間にか解けて東儀に胸を押されていた。 「…ごめ…ん」 急に現実に引き戻されて少々気まずさが残る。 「戻ろ」 手を繋がれ引っ張られるようにして駆け足で二人、クラスに戻った。 「遅い!」 着ぐるみから開放された桜井が教室で待っていた。 「もう皆帰ったよ。あとは…柴田がまだみたい。理科室かな」 もしや、まだ寝てるとか? 「そこにいたから大丈夫だろ」 あいつが一緒にいるし。 東儀が俺に視線を寄越して、 「帰ろっか」 ポンと俺の背中を叩いて笑いかけた。 「そうだな」 「待ちくたびれちゃった〜パフェ食べて帰ろうよ」 桜井が俺と東儀の間に割り込んで腕を組んでくる。 「イチゴパフェ!」 「ちょこのヤツ」 「…フルーツ盛りの」 以前からは考えられない程充実した学生生活。 「東儀のイチゴ…一口頂戴。チョコあげるから」 店に着く前から桜井が交渉を始めた。 「どうしよっかな〜」 あはは、と二人で笑い合っている。 こんなに楽しい時間が過ごせるなんて、以前の俺には想像もつかなかった。 この時間がずっと続いていく。 そう思っていた。

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