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第64話

「いい匂い…」 「そんな訳ないだろ。擽ったいって」 調子に乗って首から胸の匂いを嗅ぎ、一心に肩を押されて引き離された。 「もう、ご飯作るから誠司はその辺片付けて!」 「は〜い」 紺色のエプロンをさっと着けてスーパーの袋から今使わない食材を冷蔵庫に移す。 …手際いいよな。 一心は高校生の時には既に一人で暮らしていたから自炊は慣れたもんだ。 トントンと軽快にまな板を鳴らす音を聞きながら俺は(俺が)脱ぎ散らかした服を片づけた。 夕食を食べ今度は俺が台所に立って洗い物をする。 美味しい食事にありつけるなら安いもんだ、と思う。 弁当箱も二人分綺麗に洗い、水気を切った。 「こっちは終わった」 一心はクッションを抱えてぼんやりしていた。 「ありがとう」 ノーパソがローテーブルの上に広がっていたから課題でもやっていたのだろう。 「今日のアイツ…」 「下遠?」 「そうそう下遠…よいしょ」 一心の隣に腰を下ろして話を続けた。 「…佐久間と友達になりたいの?」 う〜ん、と声に出して暫し悩む一心。 「こんな事…僕から言っていいのか…」 淀みながら一心が言うには… 「好き?!佐久間の事?」 黙って頷く。 「そうらしいんだ。あ、この事は内密に」 「もちろんだけど…」 ふうん? …下遠は佐久間の事が好き… なんだ…そういう事か。

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