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3.赤い花を散らす

 気付けば雨月の目の前は赤く染まっていた。  そして片腕に意識の無い星月を大切そうに抱えており、もう片手は下を向いた愛刀の束を握っている。全身に赤い化粧をした愛刀の柄は頑丈に作られているはずなのに、苦痛に耐えるように軋んでいた。さらに腕には青筋が浮き上がり、激情を代弁しているかのようだった。  なにより雨月の愛刀の刀身は。  なぜなら、未だ赤を地に広げる男の中に埋もれているからだ。その男は幾許(いくばく)か前まで星月に跨がられていた者でもある。  蜂蜜色の肌に虫襖(むしふすま)の髪色である五本の角を持つ男は、口から雨月の長い愛刀を差し込まれて串刺しのように体を地に縫い付けられていた。その様はまるで、歪すぎる刀の鞘のようでもある。  本来の生き物ならば生の(ともしび)を消している姿のまま、五本角の男の目がきょろりと動く。しかし、いつの間にか涙を血涙へと変えていた雨月はその動きを見て、再び両目から真っ赤な滂沱の涙を溢れさせた。  そして何の制止もされないまま、より深く串刺しとなっている男のその体に刀をより深く沈める。このまま彼の命どころか、存在すらも消してしまいたいという憤怒は身を任せればたちまちそのまま行動に移しただろう。  しかし、雨月の刀に待ったをかけていたのは彼が主とした者と交わした約束の一つだ。それは約束という名の契約にも近いものだった。 『雨月や、お前は私より強い。そして何より、矛盾した夜に生まれたお前は誤を正ともする。お前だけが全ての鬼の命を刈り取れる…不死の鬼もお前にだけは敵わない…だからこそ、お前は私の許可無く同族の命を刈り取らないでくれ』  雨月の耳の奥で反芻(はんすう)され、思い出される()の主の言葉は呪いにも似ているかもしれない。だからこそ、雨月は目の前の男がどんなに憎くてもその場で命を奪う事ができなかった。  気を失っている星月を大切そうに抱え直した雨月は刀で串刺しになっている男をそのままにして山を下った。  向かう先は雨月が主とし、星月の父である者の元だ。  屋敷で早く星月を清め、あの間男の命を刈り取りたい。その体を木っ端になるほど引き裂きたい。その許可を出せるのはたった一人だ。雨月にかけられた呪いにも似た願いを取り下げられる唯一に、彼自身が望む事を許可して貰うためである。

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