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4.許されざる望み

「なにを言うてらっしゃる?!坊っちゃんが何をされたか分かってそんな事仰ってはるんですかいな?!!」  普段は何があっても凪いだ湖面のような雨月の怒号は障子や襖を隔ているとはいえ、部屋の外を通りかかった者も身を竦める。しかしそれを正面で受けている男は難しい顔をしているだけで怖がっている様子はなかった。  雨月が激怒している理由は周知の内容だが、この先どうなるのかは分からない。屋敷の主要な場所に立ち入る事ができる者は抑えられない好奇心に囁かれるまま、ひっそりと耳をそばだてていた。 「分かっている。だが、アレの命を奪うのは良しとせん…」 「なぜ?!」  激情を抑える事もしないまま、雨月が詰め寄ろうとしているのはこの屋敷の長である。彼は新月の夜、本来ならば閉じられる事の無い二つ目の月も目を閉じた時に生まれた。月が見ていない事も、闇の奥で蠢くものも彼からは隠れ通す事はできない。その名は無月(むつき)という。  無月は眉間に皺を寄せながらも固い口調で雨月の願いを否とする。 「アレは本当の意味での不死鬼…その命に終わりを渡せるのは確かにお前くらいだ…しかし、今は唯一であり本物の不死鬼を失うのは惜しい」 「…息子の貞操すら対価にしはっても?」 「星はまだ若い…戻れる可能性にかける…」 「……。さいですか」  無月の下した判断に雨月からより鮮烈な殺気が滲む。それを真に受けながらでも無月は言葉を続けるが、紡ぐ言葉の端々にはじんわりとした殺意が燻っていた。 「しかし、やっていた事を知ってなお許せる程、我はあやつに優しくできやしない」 「なら、どうしはるんですか?」 「絶対の追放…里にも近寄らせない…今後、もし帰って来る事があれば、その時こそ終わりとする。それでどうだ…?」 「お館様であるあんたさんが決めたんなら仕方ない…不服だけん、従いましょか」  不承ながら雨月は無月に従う。愛刀を回収しに戻ると同時にあの鬼には今回の処遇を伝えればいいだろう。 「お館様」 「なんだ?」 「不死鬼なら、せめて角くらい折っても…いや、粉々にしてもよかですか?」 「……追放できる程度にな」 「はいな」  それから雨月は星月を狂わせた不死鬼の元へ戻りながら愛刀を回収した。それと合わせて彼の立派な五本角を片っ端からへし折り、砕いた。せめて角くらいは二度と同じ形にはならないように、角を砕かれる苦痛を忘れられないように、そして星月への冒涜を償わせるように。  不死鬼は動けない体で角を砕かれる時は苦しそうにしていたものの、里の外へ引きずって放り出した時もその道中を雨月に引きずられていた時も血を滴らせながらへらへらと笑っていた。 「狂ってはる」  無月の屋敷に戻る時に雨月から零れた、反吐を吐くように嫌悪に(まみ)れた呟きを聞くものは誰もいない。

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