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5.静謐の籠

 身を清められた星月が目覚めたのは座敷の部屋だった。気だるげに辺りを見回すと、まずは上質な調度品とぼんやりと部屋の中を照らす明かりが目に入る。そのままゆっくりと視線を動かして、星月は首を傾げた。  彼には木の格子が見えている。それも障子のような繊細な組み木ではなく、がっしりとした木組みとなっているのではないだろうか。まだ微睡みの中にいる頭が、この場所は座敷牢だと答えを出すまでに少し時間が必要だった。  そこは何もしない分には不自由は無い。しかし外に出る事は許されない特別な空間でもある。そして出る事が許されなければ、あちらとこちらを隔てる格子をあちら側から越えてくる事もできない。 「坊っちゃん!!目が覚めはりましたか?!」  まだ覚醒しきっていない星月に、よく知る声がかかった。声のした方へ目を向けると、雨月が格子状の仕切りの向こう側で膝を着いているのが見える。 「雨月…ここは…?」 「ここは坊っちゃんのおうちの離れにある、奥部屋になっとります。ほんに、色々ありんしたからなぁ…暫くはここでゆっくり養生せよとお館様より言われとりますゆえ、外の事は気にせず休んでおくんなさいな」 「……うん?」  再び眠気が腕を広げてきたのか、深く考える事もせずに星月は素直に頷く。その反応に安堵で少しだけ顔を緩めた雨月は、星月の瞳が再びゆっくりと隠されていったのを見送守ってからその場を立ち去った。  星月が座敷牢で過ごすようになって数日が過ぎた。その間、誰も自発的に会いに来ない。父親である無月に至っては一度会いに来ただけで、それ以降声すらも聞いていなかった。必要な物があれば専用の鈴を鳴らして人を呼べるが、やってくる者全員が必要最低限の言葉しか発せず星月は会話らしい会話もしていない。  誰とも話せず、ただ過ぎていく時間は星月の中に焦燥感に似た何とも言えない不安として溜まっていく。心に積み重なるわだかまりは、星月自身ではどうしようもなかった。  それでも、助けてほしくて、日に日に降り積もるわだかまりを溶かしてほしくて星月は連日鈴を鳴らす。しかし結果は、誰か使用人を呼んでも一言二言目のみの会話しかできず、より一層暗い物を心の中に注ぎ込むだけの結果となっていた。

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