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12.嘆きの後に

 血を吐くような懇願(こんがん)も聞き入れて貰えない状態で星月を散々乱した翌朝、雨月は生気の無い目で屋敷の裏にある泉で身を清めていた。湧き水が落ちてくる小さな滝の音も、水が跳ねる音もただの雑音にしか聞こえない程に心は乱されている。  昨夜は、朝方まで星月が望むまま雨月は何度も何度も欲を吐き出した。女であれば一夜で孕んでいたのではないかと錯覚する程の情交。しかしそれは雨月の意思ではない。その証拠に長く激しい情交に耐え切れなかったらしい星月の意識が途中で切れ、それと同時に雨月の体が己の意思で動くようになった。  それを踏まえると、星月の使っている(まじな)いは術者の意識の有無に大きく左右されるらしい。だからこそ星月を抱き潰した事で雨月は自由を得られた。己の行為に心が耐えられず、涙を流しながら震える感覚は忘れられそうにない。  重なっていた体を離すと、星月の開いた蕾が吐き出されたものを蜜のように散らしていた。ひくりひくりとまだ動いていた桃色の花弁は中から溢れてくる白い蜜が勿体ないと言っているのではないかと錯覚させた。  その様子に再び涙を流した雨月は星月を清める事を忘れず、涙を滂沱(ぼうだ)として流したままでその場を離れる。そして屋敷の裏にあるこの泉にやって来た。泉に誰もいない事を確認すると、雨月は羽織っていただけの服を脱ぎ捨てる。  その服は昨夜の姦乱(かんいん)の痕を色濃く残していたため、雨月は泉に足を踏み入れると同時に躊躇(ためら)い無く己の鬼火で燃やした。一瞬で燃え尽きた羽織は灰すらも残されない。  雨月は胸まで泉の清水(せいすい)に浸かり、己の中で暴れ狂う激情を(しず)めようとする。しかし冷泉に満ちているたい水でも、体の熱も憎悪の炎も簡単には(なだ)められそうにない。いっそ自分の男たる証を切り落としてしまった方がいいかと錯覚すらするが、それは許してもらえないだろう。雨月の心は落ち着かないが、彼が動かなければ水面は凪いで濡れ羽に銀の筋が入った長い髪をゆらりと広げて僅かな風が揺らす。 「相変わらず美しい髪だ」 「……お館様」  どれくらい水に浸かっていたか分からないが、背後からの声に雨月の目から再び涙が溢れた。その声の主は雨月がよく知るものだ。  しかし今、背後にいる者と顔を合わせるのはひどく(はばか)られる。何より、まともに顔を合わせられない。同意では無く半分操られてたとはいえ、彼の息子を散々に抱き潰してきた翌朝なのだ。彼に身命共に尽きても支えると誓ったのに何をしてしまったのか。主である無月に主従を誓う時に忠誠を捧げたはずなのに。  雨月の耳には、ただただ血の気の引いていく音が響く。このまま顔を合わせてもいいのか。様々な事が頭の中で飛び交い、どうすれば許されるか問うてくる。しかし、どうすればいいかなぞ、答えは出そうにない。  体を固くしている雨月が逡巡したまま背を向けていると、さくりと地面に何かを突き立てる音がした。 「雨月、打ち合いをしてみないか?」  想像以上に軽く柔らかい声色に雨月が恐る恐る振り替えると、木刀を軽く振って打ち合いの準備をしている無月がいる。 「お館様…」 「いつも通りお前は目を潰せ。お前はそうした方が話しやすかろう?俺は怒っていない。だから少し打ち合いながら話をしようや」 「お心遣い、感謝致します…」  無月に向かって深く頭を下げた雨月が泉から上がってくると同時に、泉のほとりには新しい羽織が用意されていた。

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